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「あれ? お前知らねえの? 学校にひっそりファンクラブみたいなのあったの」
「はあ!?」
「だって久坂先輩、華奢な上に女顔でさ。合宿のときとか、隠し撮りした写真で部費を稼いでたって他の先輩達から聞いてたけど……」
「はああ!?」
なんだそりゃ! 聞いてねえよそんなの! マジかよそんな写真あるなら欲しいよオレが! 高校生の先輩とか……! 頭の中の記憶しかないよ、写真マジ欲しいよ、畜生!
「ああ、分かった。お前、本人と仲良すぎたから教えてもらえなかったんだな、きっと」
本人にばらされたら大変だからなあ、と杉下はまたグラスを呷った。
まあ確かに。知ってしまったらたとえ先輩方でも殴ってでも止めにいって、写真とかデータとか全部回収してしまうかも。
そんな、先輩の可愛い写真とか……他の奴らには見せられない。
突然、沢村さんの顔が浮かんだ。――あの人は知ってるんだ。オレの知らない先輩の顔。快感に酔う先輩の姿。声。
どうしようもない焦燥感が足元からはい上がってきた。オレは持っていたグラスをぎゅっと握りしめた。
「今日、井上も来てたなんてびっくりだな。しかもキレイになってたな~」
思い出したように天井を見上げて、杉下が呟いた。
「井上、お前ばっか見てたじゃん。これは脈ありなんじゃないの?」
杉下は目の前の枝豆を口にほおりこんだ。
「そうか?」
「尾形キャプテン、モテたからな~。そういうの気にしなくても取っ替え引っ替え彼女いたからな~」
恨めしそうに杉下がオレを横目で睨む。知るかよ。勝手に告白してきて、断る理由もなくて何となく付き合ってただけだよ。そして、オレに愛想を尽かして勝手に去って行くんだ。
「――お前、今彼女は?」
「いや……いないけど」
「マジ? じゃあいいんじゃない、井上。今日会ったのも何かの縁かもよ?」
酔っ払いがニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んで来る。しっしっ、と手で払う素振りをしながら、
「いいよ今は。それよりか仕事早く覚えたいし」
「おっ、真面目~」
からかうように言われるのを無視して、生温くなったビールを呷る。
早く仕事を覚えたい。そして先輩の役に立ちたい。そしたら先輩……褒めてくれるかな。バスケ教えてくれてた時みたいに……『頑張ったな』って笑ってくれるかな。
――久坂先輩。
今日はオレ、何かダメだったけど……明日から頑張ります……。
だから……。
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