10・尾形サイド

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『行かないで……和彦さん』  そう言ってぽろぽろ泣いて、泣きつかれてオレの腕の中で眠ってしまった。  寝息が続いてるのを確認して、そっと指を先輩の柔らかい髪に絡める。そしてあの時みたいに、涙の通り道を優しく撫でる。  あんなに傷ついて……オレの前では出さないようにしてるけど……でも分かってしまう。まだ、好きなんですよね。  滑らかな感触の頬を辿って、ほんの少し開いた唇に触れる。ぷっくりした紅い唇。思った以上に柔らかい。  畜生。オレの大事な先輩泣かせやがって。  ――オレだったら、泣かせたりしないのに。あんな、先輩のこと都合のいい愛人扱いするような奴なんかより、オレの方がずっと先輩のこと――。 「ん……」  身じろぐ気配に、慌てて指を引っ込める。 「尾形……ワリ、寝てた……」  「大丈夫ですよ! まだ全然間に合います!」  寝起きの頭にオレの大声が響いたのか、先輩は眉を寄せて、うるせえ、とボソリと呟いた。  心臓がどくどく音を立てていた。  今、オレ、先輩に何しようとしてた? 先輩の唇に?  怖くて先輩の顔が見れない。 「?」  オレの態度に違和感を感じたのか、少し首を傾げてオレを見ていたが、やがて一つ息をつくと、 「まあいいか。ちょっと早いけど、行くか」 「は、はいっ!」  オレは車のドアに手をかけた。ノブの冷たさがやけに心地好かった。  ああ……夕日が眩しいな。  昼間のことがあって、今日は打ち合わせ中、横に座ってる先輩の口元ばかり気になって、集中力に欠けた。お客さんの話をよく聞いてなくて、あとで先輩にがっつり怒られた。  早く仕事覚えて先輩の役に立つって決めたのに……。    ご機嫌斜めの先輩を乗せて会社の駐車場に無事辿り着く。せめて荷物持ちます、と思って後部座席から先輩の鞄を手に取ったら、ジッパーが開いてるのに気づかず中身が飛び出してしまった。 「わっ! す、すいませんっ」  ヤバイこれ以上の失態は命にかかわる。慌てて落ちた物を拾い上げた。 「あれ? 先輩、この漫画好きなんですか?」  それはまだビニールのかかった単行本だった。 「なんか実写化するって今話題のやつですよね~」
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