2・尾形サイド

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 朝のラッシュにはなかなか慣れそうにない。先輩はラッシュを避けて早めの電車に乗るって言ってたな。  久坂先輩は、同じ高校のバスケ部の先輩にあたる。  オレが一年の時に三年だったので、あまり一緒に試合に出たりはしなかったが、面倒見のいい先輩だった。  特にオレには目をかけてくれて……後から聞いたら、身長のせいだった。  その頃のオレの身長は170センチそこそこ。先輩も174センチと、バスケ選手としては低い方だった。 『低い奴には低い奴の戦い方がある。……くじけんなよ』  先輩はオレの憧れだった。その身長でずっとレギュラーを維持していた。そのために、努力している姿をずっと見ていた。かっこよかった。先輩みたいになりたいと思った。  卒業式で、先輩を見送りに行って泣き出すオレの頭を撫でて、『がんばれよ』と微笑んでくれた。  その後、何故かオレの身長は異常に伸びた。ぐんぐん伸びて、185センチを越えた。  先輩と同じ会社を受けたのは偶然だった。先輩がどの大学に進学したかは知ってたけど、就職先までは知らなかった。先輩が卒業してから特に連絡を取り合う仲でもなかった。でも、先輩に教えてもらったことを忘れることはなかった。辛いとき、くじけそうなとき、いつも先輩のことを思い出した。頭を撫でてくれた手の温もりを思い出した。  入社式でちらりと姿を見かけた時、すぐに分かった。ちょっと細身になってたけど、印象は全然変わらない。久坂先輩だった。嬉しかった。先輩にまた会えた。先輩がいることで新入社員として抱えていた不安が全部吹き飛んだ気がした。  研修を終えて営業二課に配属された時、先輩はオレだと分からなかったようだった。 『嘘だろう……?』  目を真ん丸にして、オレを見上げた。  ですよね。オレも自分がこんなにデカくなるとは予想外だったんです。でもオレのこと覚えててくれて嬉しいです。  その後、直属の部下として先輩にくっついて仕事を覚える日々が続いている。  先輩からは何かにつけ、『無駄にデカくなりやがって』とか『デカすぎて邪魔』とか虐げられている。よほどオレの身長が伸びたのが悔しいらしい。先輩はあの頃と変わらない。先輩を見下ろす今の状態は、最初戸惑ったけど、だいぶ慣れた。先輩は今でも『側に立つな』とうるさいけど。    ――あ、先輩だ。  電車を降りてざわめく朝のホームでその姿を見つけた。今日は遅かったんだな。いつもだったら駆け寄って声をかけるのだが。  昨日の姿がちらつく。  でも、会社に着けば嫌でも隣の席に座るし。ここで躊躇しても仕方ない。   「せ……」  声をかけようとして、止めた。  先輩の視線の先に、あの人を見つけたからだ。  沢村、係長。  先輩は一歩沢村さんに踏み出して、止まった。その横顔が……今にも泣きそうで。  思わず自分のシャツの胸の辺りをギュッと掴んだ。  先輩は一度頭を振り払うと、きびすを返して歩き出した。  オレは先輩の後ろ姿をずっと見つめていた。
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