僕らは歩いていく

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僕らは歩いていく

ザジャリザジャリと僕らは歩く。 淡紅色の砂浜に、2つの影が、長ぁく伸びる。 ザジャリザジャリと影を追い、僕らはゆっくり身を寄せる。 2つの影が1つになって、離れるときには手で繋がっていた。 会話の無いまま、僕らは歩く。 ザザァザザァと打ち寄せる波。 右掌を握り直し、指を君の左手に絡ませた。君の肌の柔らかさと、薬指にはめられた指輪のツルツルした硬さを感じる。 半歩先を行く君がそれを握り返した。振向き様、小さく綻んだ口元が、僕から笑顔を引き出した。 ザジャリ。 砂の音が止み、潮騒だけがふたりを包む。 吹き付ける、磯の香り。潮風に君の髪がなびいた。 遠い海の向こうから運ばれてきた空気は、少しべとついているけれど、ヒンヤリと優しく頬を撫でる。 もう一度、君の感触を確かめる。その手は温かく、少し汗ばんでいる。 突然、君は手を離し「少しだけ」と言いサンダルを脱ぎ、スカートの裾をつまみ上げ、波打ち際に向かっていった。滑らかな砂の上をペタペタと。 波に浸した君の素足。打ちつけた波飛沫は黄金色に輝いている。君の足元で往復する波を、僕はじっと見ていた。 「くすぐったい」 甘い笑い声に心臓が高鳴る。 太陽光を乱反射してきらめく水面を背にした君は、裾を結び上げて両手を広げ、光の中へと僕を招いた。 「しょうがないな」と僕は言い、スニーカーと短靴下を脱ぐ。それらを君のサンダルの横に並べて、海水がたっぷり染みた砂の上をキュッキュキュッキュと踏みしめ、君の隣で立ち止まり、大きく大きく深呼吸した。 海は命の匂いがする。生の匂いも死の匂いも、総てを含んだ原初の香り。 目線を横に戻したら、既に真っ直ぐな眼差しが僕を捉えていて、その目の奥を覗き込んだら、君は消え、代わりに僕の固い頬に柔らかな唇の、いや舌の感触。 「しょっぱい」 「海水だよ」 揃いの指輪をはめた左掌を太陽にかざした。 水平線に目をやれば、起きたばかりの太陽が、背伸びをするように高く昇っていった。
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