第1章:陸(おか)の赤き姫と、海の青き人魚(4-2)

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第1章:陸(おか)の赤き姫と、海の青き人魚(4-2)

「浜の子供達が持ってきてくれた、折れた君の翼を調べた」  彼は表情を強張らせ、言って良いものかどうか、逡巡しているようだ。視線で先を促すと、黒の瞳が恐れを宿して伏せがちになり、そして、アイビスを驚愕させる言葉が放たれた。 「翼の骨組みに、自然に折れたとは思えない切れ目があった。あらかじめ刃物で傷つけたものだろう」  赤い目を極限まで見開く。つまりアイビスの翼は最初から、折れて墜落するように仕込まれていたのだ。それを為した――直接ではないにせよ、命令は下しただろう――相手の顔を脳裏に描いて、湯で温まったはずの身体を、ぞくりと震わせる。  自分はそこまで疎まれているのか。子供の頃から歩み寄れない仲であるとは思っていたが、本当に、死んでも構わないというほどまでに憎まれているのか。仮にも実の姉妹なのに。 「ただ、目撃証言も得られない以上、『誰が』という証拠もつかめない」  力になれなくてごめん、と付け足して、ファディムは顔をうつむける。彼の言う通り、現場を押さえられなかった以上、仕掛けを施した犯人を見つけ出す事は不可能なのだ。相手もそれをわかりきった上で事を行い、心の中で舌を出して笑っているのだろう。 『そのまま溺れ死ねば良かったのに』  エレフセリアの温暖な空気を零下に冷やすような嘲りの言葉が、耳元で繰り返される。だが、ここで折れる訳にはいかない。めそめそ泣いていたら、それこそ相手の思うつぼだ。  だからアイビスは、きゅっと唇を引き結ぶと、それを笑みの形に変えて、 「顔を上げて、ファディム」  と、ことさら朗らかに、義兄に呼びかけるのだ。 「心配してくれてありがとう。でも、わたしはそれくらいの事で凹んだりしないから」  ファディムが不安げに顔を上げる。その頼り無げな表情を吹き飛ばさんとばかりに、アイビスは会心の笑みを見せて、右の拳を左の掌に打ちつけた。 「翼ならまた作れば良いわ。子供の悪戯かもしれないし、今度は下手に人が触れないところへ仕舞っておけば、余計な疑り合いを皆の間でしなくて済むでしょう?」  その言葉に、姉婿の顔がくしゃりと歪む。 「……ごめん」  まただ。彼はいつも周りに謝ってばかりだ。良く言えば謙虚なその振る舞いは、悪く言えば卑屈だ。余計にタバサを苛立たせ、ジャウマに付け入る隙を与えてしまう。 「はい、この話はもうおしまい!」  優しい彼をこれ以上落ち込ませたくはない。アイビスは茶目っ気を乗せて片目をつむってみせると、握ったままの拳でファディムの頬をこつんと小突く。 「使えない人間は使えない同士、お喋りでもしていましょうよ。大陸中央のベリーをたっぷり使ったタルトが出来上がる頃じゃない? おすすめの紅茶を淹れてもらって、ゆっくりしましょう」  その言葉に、彼は少々の吃驚(きっきょう)で目を開き、それからくしゃりと泣きそうに顔を歪めて。 「ありがとう」  と、また、儚げな微笑を見せるのであった。
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