第1章:陸(おか)の赤き姫と、海の青き人魚(1-1)

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第1章:陸(おか)の赤き姫と、海の青き人魚(1-1)

 きらり、まぶしい太陽が今日も光る。  生命を終えて白砂へと還った珊瑚が浜辺に舞い、きらきらと輝きを放つ。その姿は、「汐彩華(しおさいか)」と呼ばれ、ここエレフセリア王国の夏の風物詩となっている。 「アイビスー!」 「がんばれがんばれ!」  そんな汐彩華飛び散る砂浜を見下ろす丘の上で、下は三歳ほどから上は十になるだろう子供達が数人、歓声をあげている。それを背に受けながら、遙かなる海を見下ろすのは、一人の少女だった。  年の頃は十六、七。白のシャツと桃色の膝丈スカートという簡素な格好に身を包み、炎のごとき色をした肩までの髪を、ゆるやかな風になびかせ、血色の良い唇は上限の弧を描く。紅玉(ルビー)色の瞳は、期待に弾んだ光をたたえて、青い海原を見つめていた。  その背には、翼が生えている。いや、「背負っている」と表した方が妥当だろう。鳥の羽根を、軽い木の骨組みと丈夫な布で模した、大人が三人ほど腕を伸ばした長さを持つ、人工の翼だ。 「アイビス」  少女の傍らに、青年が歩み寄ってくる。焦げ茶色の巻き毛に、黒の瞳を持つ彼は、少女の顔を覗き込んで、穏やかな声をかけた。 「頑張って、君ならいつも通り飛べるさ。いや、いつも以上にね」 「ありがとう、ファディム」  心の裡を表すかのような柔和な笑みを見せる青年に、アイビスと呼ばれた少女は、溌剌とした返事をする。青年が少しばかり頬を朱に染め、目を細めて離れる。そしてやんやの声を送る子供達の輪に交じって見守る形になると、彼女は再度前を向いた。  潮風はまだ、横から吹いている。翼の把手を握り締めて、機を待つ。アイビスの真剣さを感じ取ったか、子供達も今は黙り込んで、ファディムと共にじっと少女を見つめている。  やがて、追い風が吹いた。  その途端、アイビスは意を決して走り出した。スカートが翻って腿まで露わになるのも気に留めず、丘の終わりに至ると、使い古したサンダルで力強く地を蹴る。  一瞬、崖から落下したように見えて、子供達が悲鳴じみた声をあげた。青年も心配そうに眉間に皺を寄せる。だが、直後。  ふわり、と。  風を得た翼は空気の流れに乗って、宙を滑り出した。ファディムがほっとした表情を見せて、子供達は口笛を吹き手を叩く。  木と布の翼は、風に押されて小さくばたばたと音を立てながら、陽光が眩しく反射し汐彩華が煌めく海の上を征く。小さく上下する浮遊感は身に心地良く、びょうびょうと鼓膜を叩く音は、亡き母の子守歌と同じくらい、安堵感で心を満たしてくれる。  地上を離れ、海原を見下ろすこの瞬間が、アイビスは好きだ。様々なしがらみから解き放たれた鳥のように自由に、風に身を任せて空を舞う。今この時だけ、アイビスは地上と隔たれた存在になれる気がする。  はしゃぎ声が少し遠くに聞こえる。子供達が丘を降りて、浜辺を駆けているのだ。
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