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第1章:陸(おか)の赤き姫と、海の青き人魚(1-2)
『空を飛ぶ』
エレフセリア王宮の図書室にしか残っていない資料。その方途にアイビスは惹かれ、設計図を引っ張り出し、幾年も一人で試行錯誤を重ねた。最初は飛ぶどころか、組んだ翼がばらけないように形を保つだけでも一苦労だった。だが、やっと形を保ち、浜辺に持ち出して、風に乗るところまで辿り着いた頃、周辺の集落の子供達が興味を持って集まり、アイビスが飛ぶ様を応援してくれるようになった。
「所詮、王位に関係無い第二王女の道楽」と、大人らは苦笑して遠巻きに見ていたが、子供達は、アイビスが空を舞う様を大声で応援し、今日はどれだけ飛べるか、興味津々で注目してくれる。
そんな反応に見守られながら、アイビスは海の色が遠浅の碧から、深みのある蒼へ変わる場所までやってきた。気分が良いからと、少し調子に乗りすぎたか。ファディムも心配するし、そろそろ楽しい時間を切り上げて帰ろうと、陸へ戻る風をつかむ為に方向転換を試みた時。
みしり、と。木の骨組みが、きしんだ音を立てたかと思うと、右の翼がばっきり折れた。
風に乗れない翼は自重に潰される。アイビスは空中分解してゆく翼と共にきりもみしながら落下した。浜辺で子供達やファディムが、届かぬ手をこまねいて右往左往しているのを逆様に見ながら、海面に叩きつけられる。
衝撃が身に訪れ、直後、つんと鼻の奥を突く痛みがやってくる。無意識に開いていた口の中にも潮水が入り込む。塩辛さに言葉にならない悲鳴をあげれば、肺の中の空気が無駄に吐き出された。
なんとか水面に上がろうともがくが、ぼろぼろに折れ曲がった翼が絡みついて身体の自由を奪い、思うように動けない。調子に乗った結果、こんなところで溺れ死ぬのだろうか。苦しい息の中、恐怖の闇が胸にするりと滑り込んできた時。
力強い腕が、アイビスをしっかりと包み込んだ。かと思うと、冷たい唇がアイビスの唇を塞ぎ、空気を送り込んでくれる感覚がする。
誰だろう。ファディムが助けにきてくれたのだろうか。それにしてはあまりにも行動が速いし、細身の彼の外見に反して、腕の力が強いように感じる。
朦朧とした意識の中、アイビスの視界に青が入り込む。
それは、いつかの記憶にある、輝く鱗を持つ魚の尾のように見えた。
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