第1章:陸(おか)の赤き姫と、海の青き人魚(1-3)

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第1章:陸(おか)の赤き姫と、海の青き人魚(1-3)

「――、アイビス!」  ファディムの声が聞こえる。目を閉じていてもきらきらまなうらで光る汐彩華の輝きを、少しだけ鬱陶しく思いながら、まぶたを持ち上げる。  黒の瞳が、心底案じる色をたたえてこちらを見下ろしている。アイビスが二度、三度まばたきをして、しっかりと目を開くと、 「良かった、気がついて」  青年は安堵の吐息を洩らした。 「君は運が良いよ。潮の流れに乗って、この岩場まで戻ってこられたんだから」  言われて初めて、アイビスは、ファディムの腕の中で、ずぶ濡れになった状態で抱かれている事に気づいた。こうべを巡らせれば、そこはよく知っている浜辺の岩場。ぼろぼろの翼は外されて横に置かれ、子供達が心配そうな顔で覗き込んでいる。 「アイビス、だいじょぶ?」 「痛くない?」 「苦しくない?」  正直、海面に叩きつけられたせいで、身体はみしみし悲鳴をあげているのだが、口々に不安の言葉を投げかけてくる彼らに、これ以上心配をかける訳にはいかない。ファディムの手を借りながら身を起こし、無様を恥じる気持ちを隠して、子供達にすまなそうに笑みかける。 「大丈夫よ。皆をびっくりさせちゃったわよね、ごめんなさい」  精一杯の詫びの言葉は、それでも子供達を安心させるには充分だったらしい。一様にほっとした表情を見せて、それから、年かさの子供が、「でも」と、残念そうに翼の残骸を見やる。 「飛べなくなっちゃった」  たしかに、木の骨組みはばきばきに折れ、布も海水をたっぷり吸って、使い物にならなくなっている。これを修繕するよりは、また一から新しい物を作った方が早いだろう。 「大丈夫だよ」  そんな彼らに、アイビスが何かを言うより先、ファディムが元気づけるように口を開いた。 「アイビスの空を飛ぶ情熱は、エレフセリアの誰にも負けてはいない。すぐにまた、新しい翼で飛べるようになるさ」 「そっか!」 「そうだね!」 「楽しみにしてるからね、アイビス!」  この言い分も、子供達を納得させるに足るものだったようだ。彼らは一様に明るい表情を閃かせ、口々にアイビスを励ましてくれる。無邪気な応援は、最近しでかしていなかった失態を犯して、実のところ落ち込みかけていた少女の心に、温かい火を灯してくれた。  とはいえ、夏ではあるものの、海に落ちて濡れ鼠の身体は冷え始め、細かく震えている。 「帰ろう」それを腕越しに察したのだろう、ファディムが手を貸して立たせてくれた。 「アイビス、ファディム、またね!」 「また飛んでみせてね!」 「今度は海の向こうまで飛んでいってね!」  元気良く腕を振り回す子供達の激励に背中を押されながら、アイビスはファディムと共に、帰り道を歩き出す。  その時、視界の端を、何か青いものが横切った気がして、彼女は足を止めた。背後に置き去りにしようとしている海を振り返る。  だが今、海面は穏やかに凪いで、水飛沫をあげる飛魚一匹見つける事もかなわなかった。
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