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出逢い
まるで、世界の終わり。
「みんな、逃げて……!」
自分の声が驚きと恐怖で上ずっているのを、日暮咲人は感じた。本当なら、逃げ惑う数人を置いて自分が一番に逃げてしまいたいのを堪え、路地裏から這い出てきた巨大な黒い影に、たったひとり立ち向かう。
(時間を、稼がなくちゃ……!)
この周辺の地区には、この時間ならそれほど人は出歩いていない。犠牲を最小限に抑え、早く”組織”の目がこの魔物を発見することを信じ、救援が来るまでなんとか凌ぐしかない。ぎり、と唇を噛み締めて姿勢を低くした。
『愚かな……一人で敵うと思ったか!』
耳に届いて初めて意味がわかる咆哮が、三メートルに達する巨大な影から放たれる。「……ッ!」びりびり、とその衝撃で痺れる身体が反射的に逃げ出そうとするのを、必死でサキトは堪えた。ここで、食い止めなければ。方法なんてわからない、それでもやるしかない。震える脚で立ち、拳を握りしめた。
「か、敵うかどうか、なんて……やってみなくちゃ、わからないじゃないか!」
『甘い!!』
再びの咆哮とともに、見えない衝撃が飛んできた。「!!」危ない、と感じたときには遅かった。「い……ッ!」目に見えない攻撃をくらって、サキトの肩から胸にかけて、ざっくりと傷跡が走った。
(痛い……!)
赤い血が、吹き出す。(うそ、……)こんなのは、悪夢だ。ああ。どうして立ち向かおうなんて思ったんだろう、こいつの言う通り、魔物にただの人間が、敵うはずなんてないのに……。痛みのあまり気絶しそうになりながら、ぐらりとよろめいてサキトは膝をついた。
「……っ、ぐ、……! はぁ……っ」
顎を必死で上げて、夜空を見上げる。星が輝いているのが見える。ああ、これが、僕が見る世界の終わりなのか。ちっぽけな人生だった、何の意味もない。誰も泣かないだろう、僕が死んだって……。
(ああ……)
人間たちは逃がせた。やるだけのことはやった、でも、悔しい。何も出来なかった、何も、何も。こんなの、悪夢だと思いたい。さよならも、やっとできた友達にさえ言えないなんて。
「くっ……、か、は……ッ」
絶望の中ゆっくりと、前に倒れ込んでゆくサキト。その腕を、誰かががっしりと掴んだ。ぐい、と引き起こされる。(え……?)誰だ。誰かが、いる。
「寝てんじゃねえぞ。小僧」
「……っ、え……?」
知らない声が、上から響いて。血を吐きながらサキトが見上げると、夜空を背景に、溶け込むような黒髪と、青灰色の瞳が光った。白い首筋には、牡丹の刺青。壮絶に美しい相貌の持ち主が、睥睨するようにサキトを見下ろして言った。
「ったく。何のために、俺が来てやったと思ってる……死ぬなよ」
「……あなた、は……?」
これは、夢の続きか、それとも。掠れた声でサキトが尋ねると、美貌の男は青灰色の瞳をすがめて、言った。
「――俺は、最強のガーディアンだ。お前が、サキト・ヒグラシだな」
最強を名乗る男の肩越しに見上げた夜空、アルデバランがきらりと光った。
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