メサイア【改訂版】

予言

世界が天使に覆われてから、どれだけ過ぎたか数えるだけ虚しい。

果ては無い。

全ての天使の息の根など、止められるはずもない。
況や、神の息の根を、や。地上に帰れる日など、望まない方が幸せなのかもしれない。

あの美しい男は。この世の始めに、初めて神に逆らったあの男は。今も、地獄の底で笑っている。真っ赤な果実を差し出して。
命の炎・愛の色だと言うその色に染まった、その実を片手に、すべてを魅了する笑みを浮かべている。

あの日、三度目の核さえ落ちなければ…
そんな事を考えるのは不毛なことだろうか。

　それでも。
覚醒したメサイアが行く。同胞と天使どもの亡骸を背に。

いつしか大地はその姿を変えた。ヴァーチャルとリアルが入れ替わる。

現実(リアル)の方がよほど幻想(ヴァーチャル)染みてきた頃。
ビルの群れは瓦礫の山に。のどかとはまだ言いがたい町や村が地上に現れ、天使の強襲に耐える。

その天使と言えば、神の見放した人間を喰らい続け、…やがて。
かつての美しさを失った。
翼をも失くし、空へは帰れず。異形と為り果て地を這いずり回る。
以前の高次の精神性は異形の身には欠片も残っていないようで、ただ獣のように生きて、死ぬだけ。尤も、人を喰らう習性は無くならなかった。精神性が無くなった分、より狂暴に、より無差別になっていった。

人を食べる必要の無かった高位の天使たちは、遥か至高天で醜く堕ちた同胞(はらから)を冷ややかに見下ろす。

地に堕ちた天使は、やがて人々に怪物(モンスター)と呼ばれ、実体を持つ。そうして、メサイア以外の人々にすら反撃の機会を与えるに至ったのだった。
それでも、巨大な体を持つ怪物の討伐はメサイアのような戦闘訓練を受けていなければ応戦は難しくはあった。だが、武器を持ち作戦を立てれば全ての人類にも反撃できるようになったのだ。その意味は大きい。

「予言を一つ、君たちにあげよう。」
夢の中で、あの美しい男が言った。
「やがて、メサイアにかかわる者の中から、お前たちがかつての世界で夢想していた勇者と同じモノが生まれるだろう。そうして…」
そうして？ 美しい男の声は、闇の中に沈んでいった。

かつての世界が、過去からさえ追いやられてから久しい。

テクノロジーは今は昔。核の残骸も土に埋もれた。今、在るのは。
以前は幻想・夢想・妄想と呼ばれた世界。神と魔の境界線が大地で交わる。
神話の世界が現実になって、勇者が生まれるまで、あと─…