それ以上でも、以下でもない

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※ 幼馴染みの縁は細く長く続き、みつことは高校も一緒だった。クラスは別々だったが俺はそれなりに勉強し、中学と同じ部活に入り、彼女も出来た。 時々みつこの姿を見る事はあったが決まっていつも一人だった。ただ、その日見かけたみつこには違和感を覚えた。足りないのはカバン。教科書を全部持って帰っているかのように重たそうな通学カバンを持っていない。 下校時間は過ぎている。部活に入っていない、友達を待っている訳でもないだろうみつこがグラウンドをうろうろ歩く姿は俺の目には異常に見えた。 「岳史(たけふみ)、どこ行くんだよ?」 足は気付けば走り出し、手は迷わずみつこの肩を掴んでいた。 「みつこ、お前カバンはどうした?もう帰るんだろ?」 みつこは何も答えない。ただ、下唇を噛んで首を振った。 「…ちょっと待ってろ!」 当てなんてなかったけれど、俺は校舎に向かって走り出す。最上階まで階段を駆け上がって、また勢いよく下っていくと、ほとんど人のいない校舎に不釣り合いな甲高い笑い声が聞こえた。 「ちょっとやりすぎだって、かわいそーじゃん」 「だってあいつ気持ち悪いんだもん。暗いしせっかくこっちが話しかけても何も喋らないしさぁ」 「あー、たまに首振ったりするけど基本挙動不審だよね。なんかいつも変なファイルみたいの一人で見てるし」 「この中に入ってるんじゃん?見ちゃおうよ」 少しだけ開いた扉の奥で、三人の女子が笑っていた。椅子ではなく机に座る彼女達のちょうど真ん中。見覚えのあるカバンがゴミのように置かれ、そのファスナーに手が掛けられる。 「それ、返してもらって良い?」 扉を勢い良く全開にして、俺はみつこのカバンを指差した。三人組は俺の出現に一瞬肩を震わせたが、それから一人が取り繕うように大きな溜息を吐く。 「びっくりしたぁ。何、あんた。…もしかしてあいつに頼まれたの?ウケる!あいつ友達なんていたんだ」 何がおかしいのか。一斉に笑い出した三人の声が品なく教室の中に響く。一人がみつこのカバンから革張りのファイルを取り出し、「めっちゃ重たいんだけど!中身なんだよ」と更に笑い声を重ねる。 「…友達じゃない」 「え?じゃあなんなのよ。まぁ、あんなのに友達はいないか、喋んないし、暗いし。気持ち悪いもんね」 「俺はみつこの幼馴染みだ!あいつはたしかに滅多に喋らないけど、気持ち悪くなんてない。他人のもの勝手に盗って笑ってるお前らの方が気持ち悪いだろ!」 「何こいつ、むかつく…」 俺は黙って三人を睨みつける。不満の声は瞬間止んで、グラウンドから聞こえる誰かの声が窓ガラスにやさしくぶつかった。 みつこは俺の幼馴染みだ。それ以上でも以下でもない。口下手で、何を考えているか分からなくて、暗い。知ってる。それでも、お前らにとやかく言われる筋合いはない、絶対にない。 「…いいよ、もういこ!」 「ウザいんだけど」 俺が開け放った扉から三人が出て行く。 屈んで確認すると足で蹴ったのだろうか。みつこのカバンは白い波線で汚れていた。俺はそれを手で払い、ハンカチで拭いていく。力任せに床に落とされた分厚い革張りのファイルを持ち上げると、透明な細いケースのようなものが飛び出していた。 「…なんだこれ?」 頁を捲った俺は、暫くそこから動けなかった。
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