35 鬼ごっこ

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35 鬼ごっこ

 一方エミリーが合流した頃、ロイドは目を覚ました。  目を開くと、木を無理矢理組み合わせて作ったといった風な天井が見える。  今にも崩れそうだな、とぼんやりその天井を見ながら内心で呟き、すぐに再び目を閉じて身体の確認を行う。 (首が痛む……気絶させられた時のやつか?いってぇ…) まず気になったのは首だ。気絶させられた、というのは衝撃がいきなり走った所までは覚えていた為だ。 目的までは不明だが、この場所を見る限りラピスと冗談混じりに話していたゼームズの復讐とは違うようだ。 (んで、肌が露出してる部分がほんのり火傷になりかけ……なんか炙られでもしたのか?……あとは耳に違和感か。耳元で馬鹿騒ぎでもされたか?)  領内をエリオット達が脱出する際のダメージは意外とロイドに被害を与えていた。  だが、大きな支障をきたす程ではない。  体調の確認を終えたロイドはそっと腰に手をやる。  やっぱか、と内心吐き捨てながらも一番辛い事態に陥っている事に溜息が漏れてしまう。 (魔術具の短剣はないか…そりゃそーだろーけどこれは痛いな)  これでは風の魔術は使えない。  恥さらしと呼ばれいじめられても何も出来ない頃に戻ってしまった。 しばし考える。現状把握、可能ならここから脱出。  やる事は言葉にすればこれだけだが、不明点が多すぎる。  薄目で周りを確認すると、狭い部屋に窓と扉があり、扉側に武器を手入れしている男が1人。窓側には誰もいない。  仕方ない、とロイドは目を開けて上体を起こし、すぐさま立ち上がる。  うおっ!?という男の声を後ろに聞きつつ、ロイドは躊躇いなく窓に向かって走り、体で突き破って窓から飛び出した。 (どうせ分からないならとにかく速攻で逃げてやる)  なんとも潔い判断である。  飛び出した先は幸運にも屋外であった。すぐさま目の前に広がる森の中に駆け出す。 「ガキが逃げた!!」  駆け出したロイドを追い越すように男の声が後方から聞こえてきた。それに続き、バタバタと足音が忙しなく鳴り響く。 「居たぞ!こっちだ!」  いち早く駆けつけた盗賊の1人がロイドを見つけて叫ぶ。それにより、遠くで疎らに聞こえていた足音がこちらに集まっていくのが分かる。  それを聞きつつロイドはやっと森の中に駆け込んだ。  身体強化なしのロイドは大きく速度で劣る為、ものの数秒後には盗賊達が同じく森へと駆け込んできた。 「追いついたぞこらぁ!」 「ってどこ行った?」 「くそ、どこかに隠れやがったな!」  ロイドは盗賊達から数メートルの茂みに隠れていた。必死に息を殺し、盗賊達が去るのを待つ。 「奥か!」 「いや待て!」  何人かが森の奥へと駆け出そうとするのを1人の男が止める。目を閉じ、何かを感じ取るように集中している。  ロイドは舌打ちしたい気持ちを抑え、茂みの隙間から男達を見ていた。心臓が早鐘のように脈打つのをそっと深呼吸して抑え込む。 数秒後、静止の声をあげた男が目を開き、そして、――ロイドと目が合った。 「ッ!」 「いたぞ!そこだ!」 見つかったロイドはくそっと吐き捨てつつ、森ではなくアジトの方に向かって走り出す。  盗賊達が森側に居た事もあるが、それを抜きしにてもロイドは元よりそのつもりであった。 (短刀はどこだーー!)  そう、ロイドに唯一戦力を与えてくれる魔術具。  それを手にすれば勝てる、とは思ってない。しかし、逃げ切るにはどちらにせよ必要不可欠だと考えていた。  茂みに足をとられている盗賊達を尻目にロイドは盗賊達のアジトへと向かう。  すると、ふと茂みの方に妙な感覚を覚えた。  感覚に意識を向けると、どうやらアジト出入り口付近側の茂みのようだ。  呼ばれるような、共鳴するようななんとも言えない感覚に、警戒と疑念が湧くーーが、ロイドは走る方向をそちらに変えた。  そして呼ばれている感覚に従い茂みに突っ込んだロイドは、そこに広がる光景を見て舌打ちした。 (くそ、ゴミ捨て場か?!どこにあるか分かりにくいっ!)  そこには盗賊達が捨てているであろう物が乱雑に広がっていた。  衛生面を考慮してか汚物やナマモノなどはなかったが、使い捨てられたであろう折れた剣や被害者の物と思われる高級そうだがボロボロになった衣服など、様々な物が散乱していた。  呼ばれている感覚は、このガラクタの山に下敷きにされているように思う。  後方から聞こえる足音に焦りと苛立ちを募らせつつも、ロイドは必死にガラクタを掻き分け始めた。 「なんだぁ?!ゴミなんか漁ってどうしようってんだ?」  あっという間に盗賊達が追いついてしまった。  追い詰めた事を確信してかすぐには捕まえようとせず下卑た笑みを浮かべてこちらを眺めている。 「かのウィンディア領領主のご子息様のこんな姿が見れるとはなぁ!」 「びびって頭おかしくなっちまったか?!」 一頻り嘲って満足したのか、嘲笑の余韻のままにロイドに手を伸ばす盗賊の一人。  そしてふと気付いた。  先程まで必死にガラクタを掻き分けていたロイドの動きが止まっている事に。    不自然な程に静かになっているロイド。俯いたままピクリともせずにいる。  しかし、盗賊達は何の違和感も感じなかったのか、ニヤケた顔のままさらに手を伸ばす。 「観念したか?まぁ大人しくしとけば命まではとらねぇよ」 まぁもう逃げたり出来ないように脚を折るくらいはするけどな、と言おうとした盗賊は、手を伸ばしたまま前のめりに崩れ落ちた。 「?…どうした?何が起きーー」 「おいおい、何遊んでーー」  誰も何が起きたか分からない。分からないまま仲間が倒れた。  だが、声を掛けながら近寄ろうとした盗賊達も次々に前触れもなく唐突に倒れていく。  残る盗賊達はいきなりの事態に足が止まる。 「……なんだ?」 「…なんかおかしくねぇか?」  あまりに異様な事態にやっと警戒を見せる盗賊達。  どうなってる?何が起きた?――ここから離れるべきか?  そう思いついて一歩後退りした盗賊の1人が、ふと視線に気付いて目を向ける。 「ーーっ!」  そこには”金”の瞳をこちらに向けるロイドがいた。  そして、おぼろげながらその小さな体に纏わりつくような白金の光。  その光景を最後に男は意識を手放したのであった。
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