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部屋に着いてすぐソファーに座り、皆から見えなくなったところでようやく私は素を出せる。緊張の糸が切れたのか、そこでは今までで一番深いため息が出た。
「皇后様、お茶でも飲まれますか?」
部屋の中には私の侍女のカミラが一人だけ。昔から世話をしてくれた信頼のおける彼女は、そう言って私の前にティーカップを置いてくれた。
「ありがとう」
カミラの入れてくれたお茶を飲むと、少しリラックスできた。
そうして一口一口飲んでいき、私は徐々に覚悟を固める。
「カミラ、もしも私が王宮を出たら……貴女はついてきてくれる?」
突然の質問に、カミラの眉間に皺が寄った。
「唐突な質問ですね」
「ごめんなさい」
「私はずっと、皇后様のお側にいます。たとえ王宮を出たとしても付いて行かせてください」
カミラの真っ直ぐな答えは、私の心を喜ばせてくれた。
一番、欲しかった言葉だ。
「……あの花は、それほど大事な花だったのですか?」
今度はカミラから質問された。
「会場で陛下に差し出した花は確か……」
「ヒヤシンスよ」
カミラの口から花の名前が出る前に、私の口から名前を言う。
「あれはヒヤシンス。青の、ヒヤシンス」
―――あれはまだ、陛下が皇太子殿下だった頃。
婚約者に選出された私が王宮に挨拶に行ったとき。
殿下と二人で庭園を散歩していたら、殿下はある花をくださったの。
皇太子殿下との婚約は家同士の結婚で、お互いそこに感情なんてないと思っていたのに。
『私は将来、この国の皇帝になる。だから、これから先、私は他の女性とも婚姻をするだろう。それでも、正妃は君一人だけだ。今日会ったばかりの君にこんなことをいうのもおかしいかもしれないが、私は君を愛すると誓う。君にも、私を愛してほしい。そして……』
「……この花の花言葉を将来ずっと思い続ける、と言ってくれたの」
昔の思い出をカミラに向かって語りながら、私は頭の中であの時の事を鮮明に思い出していた。
「子供心に陛下の言葉に心を打たれたの。愛するって、あんなに真っ直ぐに言われるとは思わなかったし。きっとあの時から私は、陛下を好きになっていたんだと思う」
目頭が熱くなるのを感じた。
陛下への気持ちを口にするのは初めてで、口にして初めて、自分の気持ちをしっかりと自覚できたのかもしれない。
「陛下は意外とロマンチストな方だったのですね」
「ふふ、そうね」
―――――青のヒヤシンス。花言葉は【変わらぬ愛】
変わらぬ愛を、くれていると信じていた。
お互いに口には出さなくても、その気持ちは変わらないと思っていた。
皇帝と皇后という立場で、これからもこの国のために尽くしていくと思っていた。
……ルーシェが現れるまでは。
彼女が現れて、陛下は呆気なく変わってしまった。
(覚えていない、か。意外と堪えるわね)
もしも覚えていると言ってくれたなら、まだ陛下を信じられたのに。
どんなに陛下がルーシェを愛していたとしても、私の事を忘れてはいないのだと信じ続けられたのに。
その答えでは、私はもう王宮にはいられない。
「カミラ、私の荷物をまとめてくれるかしら?出来れば明日までに」
「……承知いたしました」
カミラは深く追求せず、ただ私の言う事を了承してくれた。
そして翌日、私は王宮を出た。
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