ブロック

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あか、きいろ、みどり。 いろんな形のブロックが 目の前に広がっている。 私はその中から一つ 無造作に手に取り、 指先でくるくると回し始めた。 ブロックの先にある窓に焦点を合わせると、 午後から降り出した雨は 次第に雨脚が強まっているようだった。 預かり保育終了の19時までは あと一時間弱。 子どもの数も減ってきて、 昼間の騒がしさに比べると かなり落ち着いた雰囲気がある。 この時間帯は一日の疲れもあり、 ついぼんやりと物思いに耽ってしまう。 そんな時、右腕を引っ張られた。 「せんせい、みてみて〜」 ふと我に帰ると、 一人の少女が積み重ねたブロック作品を こちらに差し出していた。 勢いのままに受け取ったが、 少女の視線は私を捉えたままだった。 「なににみえる?」 手元の作品を改めて凝視した。 色が統一されておらず、形も左右非対称。 平坦な面はなく、上下の区別さえつかない。 突如投げかけられた このたった六文字の難題は、 IQ200くらいあるのではないかと 思ってしまう。 私の中にある思考回路は 完全に行き詰まってしまっていたが、 こうしている間にも 少女からの期待の眼差しは 向け続けられている。 何か答えを出さなければ。 パスが許されない危機的状況下では、 手堅いカードで行くしかない。 「お城かな〜それとも飛行機かな?」 大人になると、無難な選択肢が身につく。 飲み会ではとりあえず生、 女の子にはピンク、 電車の座席は端から一つ飛ばし。 こうした協調性や常識といったものは、 私達を生きやすくも 生きにくくもしている気がする。 「ちがうよ、"うちゅう"だよ。」 「宇宙かぁ。凄いなぁ。 じゃあ次は宇宙人も作ってみたらどう?」 「うん、そうする。」 クイズには不正解だったものの、 褒められて満足したらしく、 宇宙人作りに取りかかり始めた。 子どもとのやりとりは 賞金のかかったクイズ番組でもないのに、 内心冷や汗が止まらない。 子どもは繊細で傷つきやすい。 大人ほど複雑な感情はないが、 機嫌は山の天気の如く変わりやすい。 だからこそ、 言葉選びは慎重になってしまう。 こうして大人は失敗しないように、 先の展開を想像しなくては ならないからこそ疲れるのだろう。 それと、少女に凄いと言ったのは ただのご機嫌取りのお世辞ではなく、 紛れもない本心だった。 実際に宇宙の全貌を見渡した人は 居ないはずなのに、 一部分から想像を膨らませて ある程度共通の認識を持っている。 もしかしたらこんな形をしているのかな、 と思い描けるのは、 柔軟で独創的な感性を持っている 子どもならではだと思う。 そもそも芸術の良さを理解するのは 難しいというが、 子どもの作品は見る人がみれば とても味のある作品なのかもしれない。 「うちゅうじん、できたよ〜」 今度は頭と胴から手足が生えており、 何とか二足歩行の人らしい形をしていた。 しかし、頭の先から足の先まで 毛糸が巻き付けられており、 囚われの身か、あるいはミイラを 連想させる容姿だった。 「宇宙人さん、ぐるぐる巻きで 苦しいよ〜って言ってるよ。」 「だいじょうぶ。おしゃれよ。」 オシャレは我慢、だそうです。 宇宙人さんに同情します。 「あ、ママだ。」 玄関口に少女の母親の姿が見えた。 少女は迎えに来た母親の元に駆け寄り、 そのまま元気に手を振って帰って行った。 その場に残された宇宙と宇宙人。 明日も遊ぶだろうから、 雨粒のついた窓から外を眺める形で 窓枠に立てかけておいた。 しかし、翌朝見ると宇宙と宇宙人は 居なくなっていた。 解体されてしまったのだろうか。 それとも。 「宇宙と宇宙人はUFOに 連れて行かれちゃったのかな?」 「せんせい、なにいってるの。 そんなことあるわけないでしょ。」 子どもから学ぶことは多い。
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