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ピピピッ、とアラームが鳴った。
このままずっとここにいたかったのだけれど、そうもいかない。私はミサキさんより少しだけ早く、与えられた八十七万六千六百時間を使い果たしてしまっていた。だから、皆に必要とされなければ存在し続けることはできなくて、そのためにはもう仕事に戻らなくてはいけない。
ミサキさんの言う通りだ。
自分の存続がかかっているとなれば、自分勝手には生きられない。
もっとも、私は規定時間を使い果たす前から他人の顔色を覗ってばかりいるような人間だった。だからこそ、真逆だった彼女に憧れたのかもしれない。
「十二時間後に、また来ます」
私は時計を見ながら、そう告げる。
その時は、力尽くでも彼女を連れ戻す準備をしてくるのも良いなと考えていた。
無理矢理にでも連れ戻されて、そこで自分が存続できる可能性を目の当たりにしたら、いくらミサキさんでも心が揺らぐかもしれない。
望まれてもいないのにそんなことをするのは迷惑千万だと理解してはいるが、ミサキさんの方だって自分勝手なのだから、私だって彼女に対しては多少自分勝手になっても許されるだろう。
しかし結局、そうはならなかった。私が次にその場所を訪れた時、彼女は既に消失していたのだ。
ミサキさんはきっと、ぎりぎりになって強硬策に出ることを考え出す私の性分を理解していたのだろう。だから、残り時間を十時間多く伝えていたのだ。
ミサキさんの遺した花壇に目を向ける。
ここで人知れず彼女が世話していた花達も、このまま忘れ去られ、消えていくのだろうか。
その時、小さな青い花の横の地面に、何か書かれているのが目にとまった。
私は屈み込んで、そこに書かれていた言葉を読み取る。
“Not forget me.”
彼女は彼女自身が望んだ通り、最後の最後まで彼女らしく自分勝手で、迷うことなく他人の幸福より自分の気持ちを優先する、そんな人間だった。
それがよく分かるその言葉の並びを見て、私は改めて実感した。
私は、そんな彼女が好きだったのだ。
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