透けていく、花と共に

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 慣れない山間を白亜(はくあ)が車を運転している間、助手席に座る櫻子(さくらこ)は言葉少なく、外の景色を楽しんでいるようであった。そうして時々、白亜の横顔を覗いては哀しみや切なさが少しだけ滲む微笑みを浮かべる。 「ねえ、こんなお出掛けでよかったの?」  白亜が試しに伺ってみると、櫻子は「最高だわ!」と瞳を煌めかせて白亜を見た。  白亜は櫻子が何を考えているのかさっぱり掴めずにいた。けれども、彼女がそう言うのならそうなのだろう。  今、突然ハンドルから手を離しアクセルを踏み込んだらどうなるだろうか。ふと白亜の頭の中にそんな考えが浮かんだが、馬鹿馬鹿しくて一瞬で払拭した。  一瞬だけ、ほんの微塵だけ、永遠を求めようとしてしまった。どうかしていると、白亜は小さく息を吐いた。  慣れない山道を慎重に運転しながら、白亜は助手席に座る櫻子の様子に耐えられなくなってきてしまった。まるでいつもの櫻子らしくない姿に胸騒ぎさえ覚えはじめた。櫻子といえば、遂にドアに頰杖を突いて遠くを見つめている。  この遠出は、やめるべきだったのか。  しかし白亜にはこれが必要であった。 「姉さん」  白亜は血の繋がらない姉を呼んだ。  櫻子の返事は一拍遅れて返ってきた。 「なあに? 白亜」  その声はいつものように眩く響いた。  ガラスから注ぐ日光に車内は少しだけ暑くなりはじめて、ふたりは窓を少しだけ開けた。涼しく澄んだ風がそよぐように車内に満ちはじめた。  森林を潜って流れていくそよぐ風を、白亜は緑色の風だなと思った。そう思ったら何故か言葉を失った。 「昔、叔父さんにトレッキングに連れて行ってもらったの覚えている?」  呼びかけておきながら何も言わない白亜に、櫻子がそんな風に投げかけた。  森林公園へ、叔父と三人で出かけたのはいつのことだろうか。十年以上は前のことだったはずだ。まだ、自分たちは子供であった。白亜は体力がない。二つ目の休憩所で力尽きてしまい、その森林公園の中で一番美しいと言われている場所まで辿り着けなかった。待っているからと言ったところで、叔父も姉も笑いだした。白亜があんまりにもしょげているから、朗らかな声で彼を諭す為だった。そんな気遣いが出来る二人を愛する白亜の心は晴れていく。 「今ここで休むことが今日の目的でいいんだよ。白亜とみんなで楽しみにきたんだから。楽しめる場所で楽しめば良いのさ」  叔父のその言葉は印象的だった。 「……嬉しかったな」  ぽつりと白亜が言った。  あれは、本当に温かく暖かく晴れた空まで笑っているようであった。
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