透けていく、花と共に

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 桜の季節に生まれたから、だから櫻子、らしい。爛漫に生きる理由は弟の白亜に在った。白亜の名前の由来は誰も知らない。  櫻子はいつでも春のように笑い、白亜のとなりで溢れすぎた喜びを語る。在宅で仕事をしている白亜はあまり外に出ない。出かけることが億劫なのではなく、櫻子が持ち帰る話に夢中に在りたかった。彼女の輝く瞳は彼の至福である。  夕食を囲みながら笑い声が溢れる時間は、二人にとってふたりだけの何にも負けない幸せな時間である。食事を終えると、ソファでふたり肩を並べてテレビや映画を観る。その時、必ず櫻子は「何がオススメ?」と白亜に尋ねる。「今日はあのドラマの日だよ」というと思い出したように相好を崩す。その始まりを待つ時の櫻子の顔が白亜は好きひどく好きだ。  毎日毎日、二人の暮らしの中で話し声も笑い声も絶えない。しかしある時、白亜は櫻子の様子が少しおかしいと気付いた。  きっかけは、仕事に出る為に「行ってくるね」と言った時の彼女の微笑みにあった。何者かはわからない違和感を覚えた。仕事が忙しいのだろうと結論付けた。  その次は櫻子の手だった。櫻子は帰宅すると白亜が「おかえり」という前に「がんばったわね」と仕事用の椅子から立ち上がろうとする白亜の頭を撫でる。その手の感触に違和感を覚えた。遠い昔から櫻子が白亜にしてくれていたその感覚は体に染みついていて、だから余計に何かがおかしく思えた。  そして最後の確信は、ある日の眠る前のこと。櫻子は寝室に向かう前に白亜を抱きしめる。「良い夢見るのよ」と。彼女はその時、彼を抱きしめなかった。代わりに彼の頰に手を添えた。  白亜は、眠る前だというのに少し冷えていた櫻子の手に自身の手を重ねてみた。そうして言った。 「姉さん、何かあった?」  すると櫻子は首を傾げてからさらりと手を退けて、「良い夢見るのよ」といつものように微笑んだ。その笑みには一切の違和感はなかった。  白亜はしばらくその場から動けなくなった。
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