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ふたりは今、かの森林公園へ向かっている。言い出しっぺは白亜だ。その提案に櫻子はそれはそれはもう嬉しそうだった。白亜の方から出掛けようなんて提案をもらうのは、もう何年前のことか思い出せない。
白亜はどうしても櫻子に見せたい花があった。サンカヨウという。この花は、条件さえ揃えば、とても神秘的な変貌を齎す。テレビで知った白亜は、いつか櫻子と共に見てみたいとずっと思っていた。そうして遂に計画を立てた。
知らない世界をふたりで見つめたら、気休めだとしても、彼女の憂う何かを取り除いてあげられるかもしれない。そんな淡い期待に縋りたい。それほどに白亜にとって今の櫻子は不安定に映っていた。
出発時の天気は曇り。車の中で、山の天気が変わることを祈った。山の天気は変わりやすい。今曇っていても、突然晴れることもあれば突如ぽつぽつと雨が降り出す時もある。
目的地に到着した頃、空は輪をかけて晴れ渡っていた。
「白亜、疲れていない?」
林道を歩きながら、時々櫻子がそんな風に白亜に笑いかける。
「もう子供じゃないんだから」
白亜が苦笑いを浮かべてそう返すから、その度に櫻子は大きな声で笑いを漏らす。つられて白亜もそれに倣ってしまうから、この外出先でのふたりは家にいる時のふたりきりの時間と変わらない感覚を覚えた。
それは、初めての出来事かもしれない。
ふたりの時間、至福の時間は両親の残した家の中のみであった。両親は居なくとも天国にいるような軽やかで快い時間はそこにしか存在しなかった。
ふたりはふたりで過ごすことだけに意味を持っていた。
「姉さんに見せたいものがあるから、へばったりしないよ。少なくともそれまでは?」
「白亜は相変わらず体力があまりないものね。嬉しいけど、無理はだめよ」
そう言って、櫻子は白亜の手を少しの間だけ握りしめた。
「うん。大丈夫。元気が有り余っているみたい」
思わず白亜は顔を曇らせた。そっぽを向いて。
「心配しすぎ」
「あら、わたしはいつだって白亜が心配なの。ね? 手を繋いで歩いてみましょう?」
そうして櫻子は有無を言わせずに白亜の手を取った。
この手の温もりは白亜を安心させる。熱くとも冷たくとも、彼にとっては温もり以外の何者でもない。
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