透けていく、花と共に

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 サンカヨウという花は、白く小さな可愛らしい。しかし涼しい地方、要するに山に生息している。あまり知られていなければ、山を愛する人でなければあまり知られていない花である。  六枚の小さな花弁の内側に黄緑の雌しべ、その周りを黄色い雄しべが囲む。真っ白な花びらをそれらの色で際立ち、いっそうに可愛らしい。  この花には花言葉が幾つかの存在する。それらは正にこの花を象徴するのにふさわしいものであった。  だいぶん歩いた頃に、ふたりは白い小さな花を見つけた。これが目的であるサンカヨウで違いないと白亜は考えた。何度も調べて頭に焼き付けた姿に間違いはないと思った。  白亜は空を仰いだ。晴れている。晴れではいけなかった。彼の目的は晴れた空の下に咲くサンカヨウではない。  サンカヨウには特別な性質がある。  雨に濡れていくと、ガラスの細やかさのように透明な花弁へ変容する。  ただ、単純に雨に濡れればいいというわけではなかった。条件が揃わなければ叶わない。  そこから生まれた花言葉がある。「幸せ」。見られたならラッキーだという理由からだ。  それから「自由奔放」。濡れていけば白は透明へ、乾けばまた白に戻る。その変化からきたものだ。  白亜は愛する自由奔放な姉と共に透明になっていくサンカヨウを見つめられたら幸せだろうとも考えていた。ロマンチストにも程があると思いながらも、共にしたいと思わずにはいられなかった。  落胆した白亜は恨めしく空を仰いだ。出不精な彼にとって、遠出というのは一大決心に近しい。  櫻子はじいとサンカヨウを見つめている。  しばらくそうしていた。雲一つない空の下で、野山の涼しい微風を身に受けながら。  白亜のこころは次第に沈んでいった。「帰ろう」と言ってしまいたかった。しかし、櫻子は愛おしげにサンカヨウを見つめるばかりで言い出すことなど出来ない。  ぽつりと、水滴が白亜の掌を濡らした。ぽつりぽつりと雫がふたりに、サンカヨウを濡らしはじめた。  空は晴れている。  お天気雨だった。  白亜は少しずつ濡れていくサンカヨウに期待を膨らませた。このまま、もう少し、この花をこの空が濡らしてくれればと願った。  じいとサンカヨウを見つめては空を仰ぎ、そうして櫻子を見遣ると、彼女の表情はひどく緩やかに柔らかなものになっていた。  櫻子は知っていた。いつか、このサンカヨウの変化を白亜とふたりで見つめてみたいと、ずっと思っていた。櫻子にとって誰よりも清らかな白亜と共に。 「白亜もこの花、知っていたのね」 「姉さんも、知ってたんだ」  静かに言葉を交わすと、サンカヨウは透明になりはじめていた。 「ねえ。水に濡れると透明になっていくこの花、こころに似ていると思わない?」
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