嫉妬

1/1
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
賑やかな桜の季節が終わり、新録が初夏の風になびく姿が心を弾ませる。 ゆったりとした時を感じさせてくれる京都嵯峨野。 太陽が真上から照りつける 嵯峨野駅前の交差点で、佐伯(さえき)(もえ)はハンカチで額を抑えながら腕時計に目をやった。 その瞬間、歩道ギリギリに高級外車が止まった。 萌は驚いて手にしたハンカチを落としてしまった。 「萌じゃないのぉー」 語尾を甲高く伸ばす鼻にかかった声。萌は声だけで誰かすぐにわかった。 小学校、中学校時代の同級生、栗田(くりた)美咲(みさき)だ。 ボデイラインがくっきりわかる真っ赤なノースリーブミニワンピース姿の美咲が、細長い足をひけらかすように助手席から降りてきた。 そして、高級ブランドと一目でわかる大きなゴールドのロゴがついたイカツイハイヒールをカッカッと鳴らしながら、茶髪のセミロングの巻き髪をふわふわ揺らして近寄ってくる美咲を無表情で見つめる萌。 「びっくりぃーあれっ、もしかして、萌かもって。こんな偶然ほんとびっくりしたァーうふふ」 学校時代いじめグループリーダー美咲だ。 あの日と同じ、ねっとりした笑顔で私の前に現れた。 萌は突然の美咲登場に驚きを隠せなかったが、動揺を見透かされたくないために、わざと冷静を装っていた。 「……栗田さん」 「そう、覚えていてくれたんだぁ。あっ今は桐島(きりしま)美咲(みさき)なんだけどね」 黒目がちな瞳を丸くしながら、口元を緩める笑顔は勝ち誇っていた。 「ねぇ、どこまで行くの?乗って、送っていくわ。せっかく会えたんだし」 萌の返事を待たずに後部ドアを開けて、 「さぁ乗って、乗って」 「いいよ、そんな」 嫌がる萌の言葉は無視して、美咲は萌の背中を強引に押して後部席へ押し込んだ。 広い車内に黒いレザーの後部座席、真ん中の肘掛には得体のわからないボタンがいくつか付いてる。ボタンを触らないように萌は足をギュッと揃えて出来るだけ体を小さくして座った。 「はじめまして、桐島(きりしま)(たかし)です」 「あっ、すいません。あの佐伯です。栗田さん、あっいえ美咲さんの同級生で……えっ、あっありがとうございます」 運転席から顔を出したのは美咲の夫だった。萌が落としたハンカチを手にしている。美咲と萌が後部座席で押しやってる時に拾ってくれたようだ。 「驚いたな」 隆がにこやかに萌に話しかけてくる。 「えっ?」 「名犬ジャンでしょ。僕も大好きだったんですよ」 萌が落としたのは小さい頃放送していたアニメのハンカチだった。 「恥ずかしいです」 切れ長の瞳、笑顔が眩しすぎて、萌はすぐうつむいてしまった。 「いや、僕も大好きだったんですよ。美咲に言うとね、そんなのあったっけって、すぐ終わったから知らない人多いんですよね。だから、うれしいな」 隆はまだ話したそうにしていたが、美咲が乗ってきたので前を向いた。 「あっ、もう自己紹介終わったの」 美咲がドンと助手席に座ってきた。誘ったくせに、萌の方に振り向きもせずに運転席の桐島 隆に声をかけた。 「萌、どこまで行くの」 スマホを見ながら、少しめんどくさい感じで聞いてきた。 「京都駅です。あのでも、どこでも下ろしてもらえれば」 「わかりました。ちょうど、美咲をブランキャッスルホテルまで送っていくところだったんです。京都駅は通りますからお気になさらずに」 隆は萌が気を使わなくて済むように優しく返事してくれた。 「すいません。ありがとうございます」 萌はひざに置いている手でギュッと名犬ジャンを握っていた。 3人が乗った高級外車は静かに走り出した。 「ねぇ、中学卒業以来だよね。えー16年ぶり」 美咲はまだスマホを見ながら話しかけてきた。 「ホントだね。美咲さんは変わってないね。昔と」 「ええー変わったよ。もう31だよ。萌こそ変わってない。すぐわかったもん」 萌はまだ名犬ジャンを握って黙っていた。 「萌、今何やってるの、結婚は」 不躾な質問に、運転席の隆が小さくため息をついた。 「結婚はしてないよ。事務やってる」 「へーそうなんだ。京都に住んでるの?」 「ええ。嵯峨野に住んでるの」 「そっかー」 萌は美咲が自分のことに肝心がないのをわかっていた。 自分のことを聞いて欲しいから、質問してきていることも 「美咲さんはいつ結婚されたの」 ついにきたかという感じで、美咲は振り向いて話しかけてきた。 「ええっ、萌知らないの?私のこと」 萌には意味がわからなかった。 「ぷはははは」 隆が笑い出した。 「君のこと、誰もが知ってるわけないじゃないか」 ちょうど赤信号で止まって、隆は振り向いて萌の顔を見ながら 「萌さんが知らなくて当然ですよ」 萌はまたドキッとした。 「私、今雑誌のモデルやってるのよ」 美咲は隆を睨みつけながら、スマホを萌に見せた 「ええーすごい」 美咲は自分の載ってる雑誌の写真を見せながら 「エトワールって雑誌知らないかな。専属モデルよ」 「ごめんなさい。私雑誌読まないから。ファッションも興味なくて」 萌は紺のフレアースカートに白のブラウス。清楚といえば良い言い方だが 化粧っ気なくて、髪の毛を後ろに1つに結んで丸メガネ。 美咲とは対照的な地味な女性。 「私のブログも知らないのよね」 美咲はスマホを萌に見せた。 「ええ、あの、私、ガラケーなの。だから知らなくて」 「ええーまじで、信じられない」 美咲は萌からスマホを受け取りながら、オーバーに驚いて見せた。 「美咲、失礼だぞ」 隆がたまらず美咲をたしなめた。 「すいません。萌さん」 「いいえ、そんな」 萌は顔が赤くなってないか気になるぐらいドキドキしていた。 「まぁいいわ。これでも、カリスマ主婦って言われてるのよ。ブログは芸能界でトップ10に常に入ってるの」 「あははは」 隆はまた笑い出していた。 「何がおかしいのよ」 「君が注目されたのは僕と結婚したからだろ」 美咲は隆の方に体を向けて 「違うわ、偶然にスカウトされたのよ。何よ。今は私の方が影響力あるのよ。今日だって私だけ招待受けたんだから。あなたは関係ないわ」 早口でまくし立てた美咲はプイッと外を向いてしまった。 後ろで座っている萌は所在なさげに下を向いてローファーを見つめていた。 「ねぇ、萌。この人何してる人か知ってる?」 美咲は運転席の隆を指差して聞いてきた。 「あの、ごめんなさい」 「あはは、ほら、あなたも大したことないわね。新進気鋭のデザイナーとか言ってるけど」 「えっ、デザイナー……」 「Takashi Kirishima ってね。メンズしかないから」 「きゃー」 今まで小さな声でボソボソ話していた萌が、車内に響く大声をだして驚いている。 「あの、あの、嘘。すごい。まさか、お名前に気づかなくて、すごい」 萌はまだ興奮状態で支離滅裂。頭の中が追いついていない。 「光栄だな、知ってくれていたなんて」 隆は満面の笑みで萌にお礼を言った。 「そんな、あの、彼が大好きなブランドで、うわぁすごい」 美咲は何度も長い足を組み替えながら、 「彼?へぇそうなんだ。そう。そうなの」 「実は彼の誕生日がもうすぐで、今日Takasi Kirishima の本店へ行こうと思って、あっすいません。呼び捨てみたいな言い方しまして」 萌はまだ興奮状態で話している。 「いやー嬉しいな。ありがとうございます。買い物ご一緒しましょう」 「いえいえいえ、そんな緊張しますし、高価なものは買えないんです。 お恥ずかしいので、お言葉だけでありがとうございます」 萌は必死に断った。 「承知しました。彼氏さんへよろしくお伝えください」 「はいっ。ありがとうございます」 萌は両手を合わせてお辞儀をした。 面白くないとばかりに美咲は会話を遮るように 「暑くない?もーエアコンまた壊れたんでしょ。だからやなのよ。こんな古い車に乗るの」 美咲は窓を全開にして外を眺めた。 「僕はクラッシックカーが好きなんですよ」 「メンテナンスばかりかかって、ちっとも良くないわ。今日は送ってもらうから仕方がなかったけど、萌、この車は彼専用だから」 そう言いながら自分のブログを萌に見せてきた。 「すごいね。かっこいい」 美咲が高級外車の前で撮られた写真だった。 「これ先月ね。納車の時のやつ。ねぇ。萌、彼ってどんな人」 「美咲、いきなり失礼だぞ」 隆は美咲が常に萌にマウントして優越感に浸りたいことが我慢できなくなっていた。 「いえ、別にいいですよ。美咲さん、覚えてるかな」 「えっ?私も知ってる人なの」 右手に西本願寺が見えてきた。もうすぐ京都駅に着く。 「萌さん、どうしましょうか、店の前に止まりましょうか」 萌は恥ずかしそうに 「いえいえ、そんな大それたことできません。この辺りで。ありがとうございました。美咲さんありがとう。ステキなご主人様で羨ましいです。お幸せに」 隆は車を降りて後部座席のドアを開けてあげようとしていた。 「美咲さん、高瀬(たかせ)涼太(りょうた)君よ」 ガバッとクリンクリンの巻き髪をなびかせて振り向いた美咲の顔は、黒目がちな瞳が白目が見えるほど見開いていた。萌はジッと真顔で美咲を見つめながら、最後右の口角を少しあげて車を降りた。 隆に深々とお辞儀をして、萌は駅前の雑踏へ消えて行った。 「いやー嬉しかったな」 隆は上機嫌で運転席に座った。 「私もここでいいわ」 「えっ、ホテルまで行くけど」 ぼんやり宙を見つめていた美咲だったが、隆へ返事もせずに車を降りて、萌が歩いて行った方向へ走って行った。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!