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「公子さん、希美さんの事で新たな情報入ったんですよね」
涼子が待ちきれないと言わんばかりに声をかけた。
「グホッ、グホッ」
「お茶、お茶」」
京香が公子へお茶を差し出す。
恵方巻きが喉に詰まってむせかえっていた公子だが、お茶を少しずつ飲んで息を整えていた。
「食べ終わるまで待ってよ。むせたじゃたじゃないの。京香ちゃんありがと」
「分かりやすいですね。でっ、何ですか」
涼子は興味津々の眼差しで、京香は不安げな顔で公子を見つめていた。
「美咲さんがね……」
公子が言いかけた時、
「私が何なの」
美咲が公子の目の前の席にお伺いも立てずに、ドンと座ってきたので、3人は驚いたが
何も食べていなかったので、むせなかった。
「私の悪口言ってたんでしょ」
いきなり来て、かなり、いやマックスに機嫌が悪い。
3人は美咲が機嫌が悪い理由の99%がわかった。
「これ、ガチよね」
美咲が公子に同意を求めてきた。
「やっばり」
涼子と京香は目と声も合わせた。
美咲も節分お豆ちゃんランチを頼んでいたからだ。
「あっ公子さん豆あげる。足りないでしょ」
「失礼ね、あなたヤリメイじゃスムージーしか頼まないなんて、言ってたくせに、何ガチランチ頼んでるのよ。ふふ」
「押し間違えたのよっ」
「そおんなぁ、わけないじゃない。ねぇー」
涼子に同意を求めてきた。
「けっこぉー遠いですかね。ボタン。あっでも
間違うこともありますよ。ねぇ」
涼子は京香に同意を求めてきた。
「そうね。よくある。ある。私もね、この間生姜焼きと、ハンバーグを迷ってたの。その時ね……」
「美咲ちゃん、ちょうどよかったわ。あなたに聞きたいことがあったの」
京香のボタン押し間違い話を遮って、公子は本題をテーブルにあげた。
「あっ、やだ」
目の前の美咲を見て公子は話途中でやめた。
「はいっ北北西待ちでーす」
涼子は悪戯っぽく言ってから、時間かかるなって感じで半分残してたタラコスパゲティを食べ始めていた。京香は希美が出ているワイドショーに目をやった。
「美咲ちゃんでしょ。清水さんとキスしてたの」
涼子はタラコスパを口から吹き出した。
京香は隣に座る美咲を見つめて固まっている。
恵方巻にかぶりつく美咲は、むせることもなく平然と食べ続けている。
「情報があるのよ。美咲ちゃんでしょ」
ダメ押ししても美咲はむせない。
「その情報って誰からですか。そんなことありえないですよ」
希美と清水、2人は抱き合ってキスをしていた。その証言をした京香はムキになって公子に反論したが、口元に両手を添えて今にも泣き出しそうだ。
涼子はテーブルに吹き出したタラコスパを
ティッシュで拭きながら
「マジか、ええっ、じゃ何、どゆうこと」
思考が追いつかない様子。
「……やったわ。やってしまったわ」
美咲は下を向きながら呟いた。
「えっ」
涼子と京香は驚きで言葉が出ない。
「美咲ちゃん、あなた、やっぱり」
「公子さんも思ってたでしょ。やったな。って」
「私は、情報があったから」
「えっ、やだ、何の話」
美咲が顔を上げて公子を見つめた。
「恵方巻食べたら、あとおかずだけじゃない。イワシの塩焼きよ。ご飯もの欲しいわ。節分じゃないのに、恵方巻一気に食べなくてもよかったでしょ。
ペース配分間違えた。公子さんもやっちゃってるわね」
公子の顔はこわばって、怒りとおでこに書いてあるようだ。
「白々しい。何馬鹿なこと言ってるの。質問に答えなさいよ」
公子の大声がヤリメイに響き渡った。社員たちが公子のテーブルを見た。
「やましい事があるから、答えられないんでしょ」
公子は今度は小声で聞いてきた。
涼子と京香はお互い手を握り合っていた。大物2人の間に入り込む勇気はない。
「何情報?相手もしたくないわそんな話に」
「信用できる筋からよ」
まさか、誰だかわからないとは言えない。
「美咲ちゃん。あなた当日黄色のコート着てたのよね」
美咲は黙っている。
「京香ちゃん、当日、今日みたいに雪が降ってたわよね」
公子はテラス席に目をやった。
「何メートルも離れた車の中からチラッと見ただけ、しかも薄暗い場所。雪が降っていた。黄色が白に見えてもおかしくないわ。あなた、白っぽいって表現してたのも自信がなかったからでしょ」
京香の代わりに涼子が答えた。
「言いがかりです。現に希美ちゃんが自分だって言ってるじゃないですか。
公子さん、オモテメンバーに嫉妬してるからでしょ。いつまでそんなこと言うんですか」
涼子が強気に出てきた。
「当日、美咲って呼び捨てにしながら清水さんが追いかけてたのはなぜ?一緒に帰ってたんでしょ」
「えっ、嘘、美咲さんそうなんですか」
涼子の今の気持ちはグラグラのやじろべい
状態だった。
「まず、訂正するわ。黄色じゃないわ。マスタードカラーよ」
「そこの訂正かよっ」
美咲に睨まれて涼子は黙った。
「当日のことは警察の事情聴取で話ました。
公子さんに話す必要はないけど、清水さんに呼び止められたのは希美ちゃんのことを聞かれただけよ。私と清水さんが付き合ってたって誤解したみたいだからどうしようって。すぐ誤解は解けたみたいよ」
早口にまくしたてる美咲。
「あと、呼び捨てにするのは、なんとなく、そうだっただけ。清水さん割とみんなの事名前で呼んでたでしょ。あっ公子さんは違ったのかしら」
話終わると美咲はイワシの塩焼きを食べて
「美味しい。でも、やっぱりご飯欲しい」
美しい笑顔を公子に見せつけた。
「そうやって笑ってられるのも今のうちよっ」
捨てセリフを残して、食べかけの節分お豆ちゃんランチのトレーを持って席を立った。
大型ビジョンでは希美が清水達也のお墓参りに行ってるところだった。
「こんなとこまでテレビでやるなんて」
「希美ちゃん、出たがりなの」
「なんだか、やりすぎ」
数十分前、テレビ冒頭のインタビューでは皆、希美に同情し応援していたはずだった。だが、お墓参りというプライベート感が強い領域までテレビ取材させている無神経さが、一滴の毒となり、見ていた社員たちの嫉妬心が広がっているようだった。
憔悴している希美が黒いコートを着て、白い百合の花束を手にしている。
その姿を京香はじっと見入っていた。
ヤリメイでの節分お豆ちゃんランチ事件が金曜日だった。
次の週の月曜日公子は無断欠勤した。
「連絡が取れない」
一人暮らしのマンションへ室長が訪ねたが
応答なし。地方の両親の了解を得て部屋に入った。が事件性が感じられるような点はなかった。マンションの防犯カメラでは日曜日午前10時に出ていく姿が映っていた。
警察へは行方不明者の届け出をしたが、
事件性がない以上、失踪者となって捜査の進展は見込めなかった。
「公子さんどうしたんでしょう」
涼子はロッカールームで京香と美咲に話しかけた。
美咲は黙って考えごとをしている。
「殺されたって事、ないですよね」
京香が暗いトーンで呟いた。
「ええーやだ、怖いですよ。京香さん」
「あっ、ごめんね、なんだか悪い方にばかり考えちゃって」
美咲は黙ってロッカーを閉めた。
涼子と京香は気付いていなかった。
ロッカー扉の鏡に美咲の美しい微笑みが映っていた事を。
3月になっても公子は帰って来なかった。
会社就業規則で無断欠勤30日を超えた場合
解雇となるが、公子の処遇について検討中となっていた。
神崎 希美は3月で退職した。
事故後、会社へ来る事はなかった。
マスコミの騒ぎも新たな事件や芸能ニュースに流れて、会社周辺は潮が引くように静かになっていた。婚約者の希美を庇って亡くなった清水 達也はヒーローのようにマスコミに騒がれたので、実家の和菓子屋は全国から注文が殺到。今でも店は大繁盛していた。両親は亡くなって、達也の兄夫婦が跡を継いでいた。
4月初旬、春めいて気候も穏やかになり、行楽シーズンに突入した京都は観光客で賑わっていた。京都北部、上賀茂の深泥池周辺にも
歴史ファン、散策客が写真を撮っていた。
「あれ、なんだ」
岸から数メートル離れた先に大きなビニール袋が浮いているのが見えた。
警察官が池にボートをだして、手繰り寄せたら、嫌な予感が的中したと言わんばかり
「死体だっ」と叫んだ。
深泥池周辺は規制線が張られて立ち入り禁止。パトカー数台が道を塞ぎ、物々しい空気になっていた。
京都府警 八代慎司警部が駆けつけた。
「女性か」
「そうだな。今はそれ以上わからん」
鑑識がため息をもらした。
「身元が分かるものも無いか、なんてひどいことを」
重りを付けていたロープが切れて浮上したようだ。
八代警部は手を合わせて目を閉じた。
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