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「きっかけは、この会議室でした」
京香の公開犯罪告白は意外な始まり方だった。
「会議室?」
涼子がポツリと呟く。会議室の全員が不思議に感じていた。ただ1人を除いては。
美咲は足を組んだまま、背もたれにどっかりと身を預けて腕を組み、京香を見つめていた。いや、見据えていると表現した方が合っている。
「神崎希美さんと清水達也さんの事故に関しての事情聴取を待っていた時です」
「あの時、えっ何かあった?」
会議室が少しざわついた。
受付オモテウラメンバー半分18名が、その時京香と一緒にいた。
「希美ちゃんが清水さんと結婚の約束していない。って情報があると公子さんが言いました。それをきっかけに、希美ちゃんが故意に清水さんを突き飛ばしたのではないかと、そんな話になりました」
「えええーおいっ、なんだ、えっ……」
前島部長が驚いて椅子から立ち上がった。
そばにいた涼子が
「部長、落ち着いてっ静かにして!」
騒がしい子どもに対して怒る母親のように、シッと人差し指を口元に付けて部長を制した。
「私は希美ちゃんが疑われていることが
耐えられませんでした。つい大声で希美さんと清水さんがキスをしているところを見たと言いました」
話しながら京香は壁の方に歩き出した。
「ここです。ここで、公子さんが希美さん。私が清水さんとしてキスの実演をしました」
会議室の半分の者は、記憶を辿り、半分の者は想像を巡らせている。
「えっ、何、なんで、どうゆうことだ」
「シッ」
想像力が乏しい前島部長。すぐ涼子に制止された。
「その時、壁に頭をぶつけた公子さんは怒りました。もし、公子さんが今日の私みたいだったら違ってたんでしょうか……美咲さん」
美咲は振り返って、壁際に立つ京香を初めて見た。
「そうかもね。合成には見えないわね」
京香は黒のタートルセーターに黒のパンツスタイルだった。
美咲は表情一つ変えずに答えた。
「あの時、公子さんめっちゃキレてたよね」
「そうそう」
「えっ、わかんない、どゆうこと」
「公子さんがね、グレーのセットアップ着てたの。まぁ、全身グレー。であそこに立ったら壁に同化しててね」
「テレビの合成みたいに、顔だけ浮いてるやつ。そう見えたのよ」
「美咲さんにいじられた後、笑われて怒ってたよね」
現場にいたメンバーが居なかったメンバーにコソコソ説明をしていた。
「ゴウセイってなんだ、何が派手なんだ。
おいっどゆう事?」
前島部長が疑問を口にしているが
「シッ」
「なんで俺だけ、みんなざわついてるぞ。三国くん説明してくれよ」
「部長、シッ」
「おおおいっ」
涼子は一言で部長を制止した。合成を豪勢と誤解している前島に説明するのは根本的にめんどくさいからだ。
「美咲さんは、あの時私を庇ってくれたんですよね。公子さんの怒りを自分へ向けるために」
「えっ、そうだったの」
涼子は思いがけない京香の言葉で、思わず美咲を見た。
「京香ちゃん……」
美咲が笑顔を見せた。……が
「私は公子さんが嫌いなの。それだけ」
美咲はまた足を組んで前を見つめた。
毒舌な美咲を京香は優しい眼差しで見つめていた。
「でしょうね」
涼子は思った通りの美咲の言葉に納得した。
「京香さん、優しすぎだよ。ホントに」
京香はブラウスとフレアースカート、ワンピース、ベージュや白、淡い色合いの服をよく着ていた。
目の前に立つ真っ黒な京香の姿を見ただけ切なくなってきた。失敗して美咲さんにキレられた時も京香さんが優しくフォローしてくれた。涼子ちゃん可愛いね。涼子ちゃんこれ美味しいねって。曲者揃いの受付で辞めないでやってこれたのは、京香さんがいたからだ。
涼子は涙が溢れて止まらなくなっていた。その涙は……。公子の死に対してではない。
「なんで、なんで……京香さん」
「なんで、なんで、ダメなんですか」
「シッ」
八代警部は若手刑事を制した。
科捜研からのDNA検査待ちで、近くの駐車場で八代警部他2名の若手は待機していた。
今里公子と一致したと連絡を受けて、すぐ前島部長へ連絡を入れた。
会議室に受付全員が集められていると聞き
モニタリングできる別室を設けてもらった。
まさか、犯人と名乗る者が現れるとは想像もしていなかった。若手は犯人確保をと息巻いていたが、
「自首すると言ってるじゃないか。待て」
八代警部はじっくりと京香の話を聞いていた。モニターを見つめる目は鋭いが、少し潤んでいるようにも見えた。
会議室前には刑事4名が待機していた。
物々しい外の状況を会議室内の全員は知る余地もなかった。
「私の証言と通りがかった方が清水さんのバックを覚えてらした事で、希美ちゃんが証言した清水さんとキスをしていた事が立証されました。2人は結婚前提で付き合い、抱きついた希美ちゃんを受け止めた清水さんの足がすべって、不幸な事故が起きてしまった」
京香は一気に話して目線を床に落とした。
「でも、公子さんは私の証言を疑っていました。涼子ちゃんとヤリメイで食事をしていた時公子さんが同席してきました」
「ヤリメイ?なんだ。どこだ」
前島部長は社員たちがヤリメイと呼んでいることを知らなかった。
「健三郎カフェ」
邪魔くさそうに涼子が答えた。社員食堂は社長の名前 大石健三郎から健三郎カフェと名付けられていた。
「なんで、ヤリメイと言うんだ」
「シッ」
涼子は説明が邪魔くさい時は、シッと言うことに決めていた
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