桐島隆と美咲の結婚

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「刑事さん、間違いないです。あの、血がついてます」  京香は八代警部の前まで来て、美顔ローラーを渡した。 「それと、これも証拠になりますよね」  ビニールに入っていたのは丸まった血がついたティッシュだった。 「これで…殴打ですか」 「……はい」  京香は真面目な顔で八代警部の目の前に立ち尽くしている。 「では、戻っていただいて」   再び京香は中央マイク前に立った。 「殴ったあとですが。どうしましたか」 「……首を、締めました」  京香は蚊の鳴くような声でつぶやいた。 「ええええっ嘘。そんなっ、 京香さんが殴るのもおかしいし、そもそも、嘘嘘嘘ヤダっ」  涼子は駄々っ子のように泣きだした。  京香も涙を流しながら自供を続けた。 「深泥池へは……スーツケースで……」 「どうやって行きましたか」  間髪入れずに八代警部は質問する。 「ええー、歩きました」 「歩いた?どの道を通りましたか」 「覚えていません」 「何時にマンションを出ましたか。深泥池には何時に着きましたか」 「覚えていません」  京香はうつむいてだんだん小さな声になっていた。 「ビニールに……包んで……深泥池へ」  京香は泣きながら途切れ途切れに単語だけ口に出した。 「八代警部、秘密の暴露です。やはり絞殺ですね。この美顔ローラーも血痕がついてます。証拠になりますよ」    確かに報道ではどのような状態でなど、具体的な情報は伏せていた。 「大石京香の実家は呉服屋です。遺体の縛り方が独特だったのは、着物関係者だから、つい癖が出てしまったのでは。信じられないですが、先入観で彼女は犯人じゃないと思ってしまってたんじゃないんでしょうか」 「警部、警部」  じっと黙って京香を見つめる八代警部。  何を思っているのか、長嶋刑事は想像できない。  京香犯人説の興奮は次第に冷めて冷静になっていった。 「ダメだな俺は」  長嶋刑事はポツリとつぶやいた。 「ダメよ」  強めの口調が会議室の空気を変えた。  美咲が立ち上がった。  その姿は、アカデミー賞主演女優賞を取った大女優のように堂々として、美しかった。 「ダメ京香ちゃん。かばうことないわ」  涙でボロボロの京香は美咲を驚きの表情で見つめた。  主演女優賞を取った女優がスピーチへ向かうように、威圧感と優雅さを兼ね備えた美咲は、京香の代わりにマイクの前に立った。 「まず、はじめに言わないとね」  まさに、アカデミー賞のスピーチの始まりのようだ。ちょっと小粋で軽い口調で語り出した。 「清水さんとキスしてたのは私よ」  いきなり衝撃発言で会議室の全員がポカン顔になった。  八代警部も口が開いたままだ。 「みみみ美咲さん、なんでっ!庇うって誰、やっぱり京香さん犯人じゃない」 「うっるさい。黙って聞きなさい。このバカ女」  涼子を一喝で撃沈させた美咲。会議室のウラオモテ受付メンバーは震え上がった。 「バカ女って……」  涼子は呆然として座った。   「私の話は後でするわ。まず。京香ちゃん」 「……はい」   「嘘ついてるわね」 「えっ」 「最初からよ。あなたのキス証言。全然違うでしょ」  2人の姿は、新人女優京香の大根演技を指導する、大女優美咲のようだった。  
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