20人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
振り返ると、襟にファーがついた真っ白いコートを着た希美が笑みを浮かべていた。
驚きで声が出ない達也。
ピコッ、ピコッ、ピコッ、青信号の音が止み、点滅しだした。
「あっ」
信号を渡った先の歩道から美咲の姿は見えなくなっていた。
「どうしたの。達也さん」
「えっ」
信号は赤になった。車道を車が行き交う。
「急で驚いた?会社以外では達也さんって呼んでもいいでしょ」
特別な関係を強調したいかのように、甘えた声で話す希美。
「初雪だね。寒いなぁ。うふふ」
達也の横に並んで腕を絡めてしなだれかかった。
「初めて愛してるって言ってくれた。嬉しいっ」
長身の達也を見上げながら、
「美咲さん、ヤキモチ焼いてたのよね。あんなことして、かわいそうな人」
希美は美咲と抱き合ってキスを交わしていたのを見ていたのだ。
無理やり美咲が達也にキスをしたと思い込んでいる。
「あの、希美ちゃん」
改まった言い方をして希美の腕をほどいた。
救急車のサイレン音とスピーカーから道路規制の声がけたたましく2人の目の前を通り過ぎていく。
さっきまで横に並んで腕を組んでいたカップルが、今は向かいあっている。
「なんて言ったの」
希美は達也の言葉が聞き取れなかった。
「ごめん、結婚できない」
寒さからなのか、興奮状態からか分からないが、希美の頰は真っ赤に染まっていた。
「気にしてないわ。美咲さんのことなんて」
達也は手のひらを見つめながら美咲の感触を思い出していた。
「ごめん」
「嘘っ、だってラインで希美、愛してるって、栗田さんはただの同僚だって。そうでしょ。あっ、美咲さんに何か脅迫されてるの。私は大丈夫よ。
達也さんを私が守るわ」
「違うんだっ」
泣きながら話す希美を大声で拒絶した達也。
「あのラインは美咲が……希美ちゃんからの連絡に答えられない
俺のかわりに、美咲が送ったんだ。希美ちゃんが安心するようにって」
「えっ……」
「ごめん、やっぱり俺は美咲を忘れられないんだ。情けない男だよ。美咲は関係ない俺が全部悪いんだ」
希美は放心状態で立ち尽くしている。
「嘘、美咲さんが……。嘘よ。達也さんは私を選んでくれたのよね」
また赤信号になった。
大型トラックが迫ってきている。
達也は車道に背を向けて立っていた。希美は思いっきり体重をかけて達也に抱きついた。不意をつかれた達也はよろけながら、2人は1つの塊となって車道に飛び出した。その瞬間大型トラックに2人の影はかき消されてしまった。
「キャー」
闇を切り裂く女性の叫び声がこだました。
何台か車が交差点でぶつかりながら止まった。
希美のコートはまっ赤に染まっていた。
修羅の現場には不似合いな粉雪が静かに舞っている。
救急車のサイレンがまた交差点に近づいてきた。
交差点は警察官が規制線を貼り通行止にしていた。規制線外から大勢の野次馬の人だかりができている。
「飛び込み?まじで、迷惑だよね」
「巻き添え食った車の人、めっちゃキレてる」
「死んだのかな。何人だろ」
「バカな男とバカな女ね。ふふっ」
人だかりから、カッカッカッ、ハイヒールの音が遠ざかっていった。
最初のコメントを投稿しよう!