桐島隆と美咲の結婚

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振り返ると、襟にファーがついた真っ白いコートを着た希美が笑みを浮かべていた。 驚きで声が出ない達也。 ピコッ、ピコッ、ピコッ、青信号の音が止み、点滅しだした。 「あっ」 信号を渡った先の歩道から美咲の姿は見えなくなっていた。 「どうしたの。達也さん」 「えっ」 信号は赤になった。車道を車が行き交う。 「急で驚いた?会社以外では達也さんって呼んでもいいでしょ」 特別な関係を強調したいかのように、甘えた声で話す希美。 「初雪だね。寒いなぁ。うふふ」 達也の横に並んで腕を絡めてしなだれかかった。 「初めて愛してるって言ってくれた。嬉しいっ」 長身の達也を見上げながら、 「美咲さん、ヤキモチ焼いてたのよね。あんなことして、かわいそうな人」 希美は美咲と抱き合ってキスを交わしていたのを見ていたのだ。 無理やり美咲が達也にキスをしたと思い込んでいる。 「あの、希美ちゃん」 改まった言い方をして希美の腕をほどいた。 救急車のサイレン音とスピーカーから道路規制の声がけたたましく2人の目の前を通り過ぎていく。 さっきまで横に並んで腕を組んでいたカップルが、今は向かいあっている。 「なんて言ったの」 希美は達也の言葉が聞き取れなかった。 「ごめん、結婚できない」 寒さからなのか、興奮状態からか分からないが、希美の頰は真っ赤に染まっていた。 「気にしてないわ。美咲さんのことなんて」 達也は手のひらを見つめながら美咲の感触を思い出していた。 「ごめん」 「嘘っ、だってラインで希美、愛してるって、栗田さんはただの同僚だって。そうでしょ。あっ、美咲さんに何か脅迫されてるの。私は大丈夫よ。 達也さんを私が守るわ」 「違うんだっ」 泣きながら話す希美を大声で拒絶した達也。 「あのラインは美咲が……希美ちゃんからの連絡に答えられない 俺のかわりに、美咲が送ったんだ。希美ちゃんが安心するようにって」 「えっ……」 「ごめん、やっぱり俺は美咲を忘れられないんだ。情けない男だよ。美咲は関係ない俺が全部悪いんだ」 希美は放心状態で立ち尽くしている。 「嘘、美咲さんが……。嘘よ。達也さんは私を選んでくれたのよね」 また赤信号になった。 大型トラックが迫ってきている。 達也は車道に背を向けて立っていた。希美は思いっきり体重をかけて達也に抱きついた。不意をつかれた達也はよろけながら、2人は1つの塊となって車道に飛び出した。その瞬間大型トラックに2人の影はかき消されてしまった。 「キャー」 闇を切り裂く女性の叫び声がこだました。 何台か車が交差点でぶつかりながら止まった。 希美のコートはまっ赤に染まっていた。 修羅の現場には不似合いな粉雪が静かに舞っている。 救急車のサイレンがまた交差点に近づいてきた。 交差点は警察官が規制線を貼り通行止にしていた。規制線外から大勢の野次馬の人だかりができている。 「飛び込み?まじで、迷惑だよね」 「巻き添え食った車の人、めっちゃキレてる」 「死んだのかな。何人だろ」 「バカな男とバカな女ね。ふふっ」 人だかりから、カッカッカッ、ハイヒールの音が遠ざかっていった。
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