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そこは、社員食堂と言うよりは豪華レストランと個性的なカフェが融合した巨大フードコートのようだった。
画一的なテーブルセットが並び食事のみの空間ではなく、観葉植物がセンス良く配置され、ゆったり寛げるソファー席、一人で集中できるカウンター席、最上階なだけに、展望テラス席まである。
毎回迷うメニューの豊富さと、毎回迷う席の多さ。
社員たちは、やりすぎ迷走社員食堂。略してヤリメイと呼んでいる。
本当の社員食堂の名前は健三郎カフェだ。社長の名前からそう名付けられている。
親しみを込めてというコンセプトだが、 誰もそう呼んでない。
忙しい社員たちは寛ろげる空間で、寛ぐ時間がないからだ。
今日のヤリメイは活気に満ちている。あちこちのグループで達也と希美の噂話やここだけの話が潤滑油になっているからだ。
だが、受付メンバーと海外事業部メンバーはそこにはいない。
休憩時間に警察が事情聴取に来るからだった。
受付メンバーはオモテ8名。ウラ30名。
交代で休憩をとるので半分のメンバーが会議室で待機しながら、会社支給の幕の内弁当を食べていた。
「美咲さん、何言えばいいんでしょうか」
不安げな顔で質問してきたのは2年後輩の田口京香
「知ってること話せばいいだけよ」
美咲は素っ気なく答えて、味気ない玉子焼きをパクリと食べた。
「初めてよ、こんな安い弁当食べるの」
「美咲さんいつもヤリメイでなに食べてるんですかぁ。おいしいですよ。この幕の内弁当。それより休憩時間どうなるんですか。警察の事情聴取込みで1時間なんですか」
給湯室で希美と一緒に美咲を御局様呼ばわりしていた希美と同期。三国涼子。
「その辺は適当でいいんじゃないの。人によって長かったり。話すことなかったら、5分もかかんないわよ。私は3分で終わるけどね」
美咲は幕の内弁当のご飯を半分残してフタをした。
「スムージー全般よ」
「ええーヤリメイでスムージーですか。さすが美咲さんっ」
「涼子ちゃんは長くなりそうね。希美ちゃんと同期で一番仲良かったでしょ」
「そうでもないですよ。同期ってだけですから」
退屈そうに スマホを見ている涼子。
涼子は入社1年目の時同期の彼氏がいたが、希美に略奪された経験がある。
希美は可愛い系でちょっとドジな女の子風を装うのが上手い。気のあるフリをして涼子の彼を夢中にさせた。その結果、涼子は彼に別れを告げられた。だが、希美は彼とは付き合わなかった。元々その気もなかった。
希美は自分が1番でないと我慢できない女。
その女が美咲と出会って、初めて屈辱を味わった。容姿も仕事も負けている。周囲の男性も美咲が1番だと思っている。どうしても叶わない相手、美咲。
「美咲さん、清水さんとお付き合いしてたんですか」
「なに?唐突に。付き合ってなんてないわよ。どうして?」
「いえ、そうですか」
涼子は希美が清水に執着するのは、社内で1番人気がある清水だからなのは理解できた。もしかして、美咲さんの元カレとも考えたが
「違ったんだ」
涼子はボソッとつぶやいてまたスマホに目をやった。
「希美ちゃん助かってホント良かったけど、清水さんのこと知ったら…」
京香は泣いていた。
「そうですね」
会議室はしんみりした空気になった。
「あのね、昨日、私、希美ちゃんと清水さん見かけたの」
京香はハンカチで目頭を押さえながら、声を潜めて涼子と美咲に話しかけてきた。
「えっ」
美咲と涼子は同時に声を上げた。
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