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「事故を目撃したんですか」
向かいに座る京香に、小声で聞いてくる涼子。前かがみになって興味津々な様子。
「違うの、あのね……」
京香が説明しようとした時、
「ねぇ、みんな、希美ちゃんから清水さんと結婚するって聞いてた?」
となりのテーブルから、ウラ最年長の今里 公子がカットインしてきた。美咲より7年先輩だ。
「昨日、聞いたよね」
「私も、昨日聞いたわ、ニューヨークに一緒に行くから、仕事やめるって」
全員が希美が結婚することを知っていた。
「海外事業部情報だと、ニューヨーク辞令が出たとき、単身申請したんだって。もちろん結婚するなんて誰も聞いてない」
公子は立ち上がって美咲のところに歩いてきた。美咲の背後で壁にもたれながら
「どう思う美咲ちゃん」
「どうって、清水さんが言いそびれただけでしょ。騒ぐことでもないわ」
美咲は後ろを振り返りもしないで、興味ないと言わんばかりに返事をした。
受付ウラ歴14年の公子。オモテの連中が猫なで声でチャラチャラやってる時にウラの事務作業は地味との戦い。会議室のセッティング、クライアントへのハイヤー手配、怒涛の連絡業務と、デスクワークの嵐。
オモテに選ばれなかったことがずっと屈辱だった。
だから、オモテメンバーへ嫉妬していた。
公子は自分の発言に同意してこない美咲にイラついた。
「清水さんは希美ちゃんと付き合ってなかった。希美ちゃんの勝手な思い込みで清水さんは亡くなった。清水さんサイドは希美ちゃんを殺人罪で訴えるって」
「えええーそんなっひどいわ、希美ちゃんも死ぬとこだったのよ、そんな」
京香が悲鳴をあげた。
「警察情報だけど、ドライブレコーダーに希美ちゃんが清水さんを突き飛ばすように体当たりしてるのが映ってるんだって」
ウラ世界歴14年という実績と安心で、公子はかなり太い情報網をもっているようだ。美咲の背後で勝ち誇った顔をしている。
会議室が一瞬静まり返った。……が
「怖くない?これマジ殺人じゃない」
誰かの一言で一気に殺人事件説で盛り上がってきた。
「だいたい清水さんと希美ちゃんが結婚って、おかしいと思ったのよ」
「結婚迫った希美ちゃんが暴走したってこと」
「妄想だったんじゃないの、結婚しますってみんなに言っちゃって
後戻りできなくて」
「清水さんかわいそう」
「ていうか、清水さん遊びだったんでしょ。かわいそうでもないわよ」
「でも、殺すことないよね。怖いわー」
「涼子ちゃん、結婚のこと詳しく聞いてなかったの」
「そんなに仲良くもないですよ。私」
涼子は何かにつけ同期だから親密、と思われるのが面倒になっていた。
「ああ、そうだ。去年のクリスマスイブ。彼とデートって言ってたな。清水さんとは聞いてないですけど。だから、付き合ってたんじゃないんですか」
希美の事は嫌いだったが、ウラメンバーがここぞとばかり、勘違いしてバカよねと言ってるのが、オモテに対しての嫌味に聞こえていた。
だから、涼子は希美、清水結婚説を推していた。
「海外事業部情報だと、去年イブは清水さん、数人で飲みに行ってたんですって。イブ暇なメンバーで飯行こって感じで」
情報通 公子がすぐ裏をとって、涼子の情報を潰した。
「情報はやっ」
「希美ちゃん、振られたってこと」
「さぁー別の人?って事ないよね」
「涼子ちゃん、騙されたんじゃないの」
去年のイブ、当日朝、急に発表があった。ヤリメイを午後7時からのニュースで紹介してもらうことになったと。ヤリメイでのクリスマス限定メニューがかわいい、社員食堂レベルでない、展望テラス席のイルミネーションなど、社長が直々紹介するらしい。その準備でオモテ受付からサクラ社員動員のため4名ヤリメイに呼ばれた。
新入社員と入社2年目で3名が暗黙のうちに決定、後1人。次は希美か涼子だ。
「涼子ちゃん、私、彼とデートなの。お願いっ」
4人目は涼子になった。
「あの時、アイツ、マジか」
涼子はガブッとカフェオレを飲んだ。隣の美咲は静かに笑みを浮かべていた。
会議室の壁はグレーのグラデーション、大型テレビが掛けてある壁は黒、床はオフホワイト、静かに意識が集中されて、優位意義な会議ができる空間がコンセプトの会議室だった。だが、今の受付オモテウラメンバーにはその効果は全く発揮されていない。
「私、清水さんと、希美さんが、あのぉ、そのぉ」
京香が勢いよく立ち上がったが、話が煮え切らない
「何よっ早く言いなさいよ」
情報通の公子がスマホ片手に受けて立つ準備をしている。
「昨日彼が迎えにきてくれたんです。で、車であの交差点通った時、希美ちゃんと清水さんが、キ、キ、キスしてたの」
京香は公子の横にならんで
「あの、ちょっといいですか。公子さんが希美ちゃんとして、私が清水さんとして、こんな感じで」
京香は公子に抱きついた。勢い余って公子は壁に頭をぶつけた。
「痛いわよ、もう」
公子は京香を突き放した。乱れた髪を整えながら京香を睨みつけた。
「ごめんなさい」
「あはは」
美咲が急に笑い出した。
「何が、おかしいのよ」
初めて、振り返って公子と目を合わせた。
「壁に同化してる。テレビで合成するやつみたいよあはは」
公子はグレーのタートルネックセーターのセットアップを着ていた。たしかにグレーのグラデーションの壁に同化されて、顔だけ浮いてるように見える。
「ホントっ」
「あっ見えるあはっ」
ウラメンバー達は公子が怖いので小声でヒソヒソ話している。
公子は憮然とした顔で自分の席へ戻った。
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