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「すごいよな。本人の同意もない癖に勝手に付き合っては別れて、それで金になるってのは」
ふと思い出したのは前の職場の同僚の言葉だった。
職場といってもいわゆるオフィスではなく、ホストクラブだったのだが、久しぶりに再会したそいつは、この仕事が軌道に乗り始めた俺を不思議そうに見ていた。事業も上手くいかず、どうせすぐホストに戻ってくると考えていたらしい。
「同意がないからこそ、なんだよ」
「どういうことだ」
「ホストに来る客は自ら金を払って恋愛しにくるだろ。裏を返せば、金を払うからこそ疑似恋愛だという自覚は確実に持っているんだ。だが、この商売は依頼主が黙ってさえいれば当の本人は疑似恋愛の意識しない。つまり本人にとっては俺が雇われていることを知らない。本物の恋愛ができるんだ」
「俺は頭わりーからうまく言えねえけどよ」
そいつは呆れたように頭を掻く。
「本物だからいいってもんじゃねえよな何事も」
その言葉がまるでこちらの心のうちまで見透かされているようで気に食わなかった。
今までも色んな客がいた。
容姿の悪い娘に一度でいいから恋愛をさせてあげたい、元彼の影響で男性不振になってしまった彼女を立ち直らさせてほしい、彼女と別れる口実を作りたいから浮気相手になって欲しい、など依頼に至った経緯は様々だ。
だが、事情は違えど覚える違和感はいつも同じだ。
女性は皆、裏で依頼されていることを知らない。俺は仕事で彼氏を演じていたことを、一生気づかないまま紛れもない元彼として、下手したら最後の恋人として認識したまま死んでいく。
俺にとって彼女は恋人でなく、客なのに。
このむず痒さを罪悪感と呼ばなければ嘘となるはずだ。
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