1.結愛

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1.結愛

「それで……要はその娘さんの彼氏をやってくれというご依頼でしょうか」 依頼主は自身の娘に今まで一度も男の影がない話を切り出したかと思えば、見た目は悪くないのに男性に消極的だから損してるだの、いい加減早く結婚してほしいだの、娘の人生設計にまで及び、自分の老後が不安だというあらぬ方向へと矛先は曲がり始めため、俺は本題へと戻すべく前かがみになっていた。 「そうなの。きっとあの子は一度立派な男性とお付き合いを経験すれば、きっと自分にも自信が持てるようになるわ」 だだっ広い事務所に俺と依頼主である初老の女性の二人しかいないものだから、彼女の甲高い声はやけに鮮明に響く。声の音量下げて頂いても十分に聞こえますからね、という喉まで出かかった言葉を手元の珈琲で流し込んだ。 にしてもまたこの例の相談か。 特に一人娘の親に多いのだが、色恋沙汰に疎い娘の彼氏となることで、恋愛に前向きになって欲しいとの親からの要望はよくある。 「最近は結婚だけが幸せじゃないという見方もありますし、もしかしたら彼女は仕事だったり趣味だったり、恋愛以外のものに生きたい価値観を持っているのかもしれませんね」 案件の受注において、本人に恋愛したい意思があるかという確認は重要になってくる。もしその意思が一切ない場合、どんなにこちらが上手く事を運ぼうとしても失敗に終わってしまう。 だからこの手の確認は必ずするようにしている。 いくら十分に了承をとったとしても、いざ上手くいかなければトラブルに繋がリかねない。損したくないという気持ちで形成された人間は一度前金を払う以上は相応の見返りがあることを当たり前だと思ってしまう。 引き受けるからには、絶対に成功する。 いや、成功する仕事を選ぶ、というのが正しいのかもしれない。
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