3話~温もり~

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3話~温もり~

翌日、私はあの男が怖くて7時頃にヒロに電話した。 「もしもし~」 まだ、寝ぼけているのかまだおぼつかない声だ。 「もしもし?私」 「おー!恋歌、どうしたんだよ。お前からかけてくるとか珍しい」 「ごめん、今日さ一緒に学校いかない?」 「どうしたんだよ。別にいいけど、ベランダ出てこいよ。」 ヒロの部屋のカーテンが開いて電話の音が切れる。 私も、カーテンを開けてベランダに出るとヒロが待っていてくれた。 「よっ!」 白い歯を見して笑ってくれるヒロ。 「よっ」 私も笑って見したけど、きっとちゃんと笑えてないだろう。 「どうしたんだよ。元気ないじゃん」 「ごめん。ちょっと、色々あって怖くて」 そこまで言って急に涙が溢れてきた。  恐怖とヒロに迷惑をかけてしまったという情けなさ。 色々な感情が溢れて止まらなかった。 「こっちに来い」 ヒロは静かに呟いて、長い腕をこっちへ伸ばした。 「え…」 私も腕を伸ばしてベランダに飛び乗った。 ヒロの長い腕がグイッと私の腕を引いて体がヒロの部屋へ持っていかれる。 「キャッ!」 ヒロは、私を胸の中に入れて抱き締めてくれた。 「ヒ、ロ?」 言葉は発しないけどヒロが何を言いたいのかは、伝わってきた。 気のすむまで泣いていいよ。 「うっ、、、」 何も言わずに抱き締めてくれるヒロ。 すごく暖かくて、安心できるー 10分後、私は落ち着いてきて「ヒロは大丈夫か?」と顔を覗いてきた。 「うん、ありがとう」 「ほら、待ってるからゆっくり支度してこい」 ゆっくりと体が持ち上がり、私の部屋のベランダに降ろされた。 「また、後で」 「うん」 そこまで言って、私は気づいてしまった。 ヒロに、手を握られて… 抱き締められちゃった!? 後ろからヒロの視線を感じる。 ここは、平然を装って自分の部屋に入った。 嬉しさと恥ずかしさ、色々な感情が溢れだす。 「落ち着け、私」 深呼吸をして鞄を握りしめる。でも、体温は絶賛急上昇中だ。 「ど、どうしよう…気まずい…」 落ち着くまで私は、一人部屋のなかで悶絶していた。 それから10分後、朝ごはんなどを食べて髪をパパッと溶かす。 そして、何事もなかったかのように、家を出る。 「よっ!!大丈夫か」 「うん」  「いくか」 「うん」 顔に出ないように「うん」しか言えない。しばらく沈黙が続き会話のないまま、ただ時がたつ。 何か言えたらな…そう思っていたとき沈黙をヒロが破った。 「なにがあったんだよ」 低く、でも優しい声で聴いてきた。 「…」 「言いたくねぇのか。ならいい」 どうしても、言いたくない。その気持ちを察してくれたのかヒロは前を向いてスタスタと歩いた。 「ごめん。本当にごめん…」 「謝んな」 髪をくしゃくしゃして、にっこり笑ってくれるヒロ。 「ありがとう!」 私も心の底からの感謝をヒロに笑顔で示した。 「おう!恋歌はそうでなくっちゃな」 「うん」 前を歩くヒロを追いかけるため、私は大きい背中を目指して走った。 学校へ着き、2人で話ながら教室に入る。 「「おはよー」」 同時に挨拶をするが、ヒロの周りには一斉に人だかりが生まれる。 「おっはー!昨日のテレビ見た~?」 「ヒロ、今日カラオケ行こうよ」 「ヒロー、今日一緒に弁当食べない?」 女子からの黄色い声。男子のからかったり、笑ったりする声。 それを、聞きながら私は窓際にある自分の席へ行く。 「おはよ、瑠奈」 「おはよー!今日、部活で1年生のミーティングだって」 「そうなの?どうしたんだろ。」 「分からない。あっ!それよりさ、今度映画、見にかない?」 「いいね、なに見る?」 「恋ハピ!」 何気ない会話を呑気にしていると、先生が入ってきた。 「おはよー、はい!今日は抜き打ち小テスト~」 無精髭を生やした、やせ形の担任、矢畑先生のその言葉に一気にブーイングの嵐が巻き起こる。 「はい、後ろに回してー」 皆、ぶつぶつ言いながらも後ろに回していく。 「よーい始め」 やる気の無さそうな声で合図を出し、ガタンっと席に座ると矢畑先生は腕組をして本を読み始めた。 小テストは思ったより簡単ですぐに終わった。 10分後、矢畑先生が答案を回収をして「できたー?」などとあちらこちらから声が聞こえる。 「できた?」 瑠奈も後ろを向いて私に聞いてくる。 「うん、余裕」 Vサインを作って余裕の表情を見せると、瑠奈は「まじで!?めっちゃ難しかったよ」 と狐のように唇をとんがらせた。 「うるさいぞ!ホームルームはじめろ」 矢畑先生が雷を落とすと一斉に静かになり、テキパキとホームルームが終わった。 「1時間目は、社会か」  得意な教科が一番始めなので、ウキウキしていると、矢畑先生が来て 「一ノ瀬、今日体育祭の実行委員があるから、放課後に近藤と多目的ルームに来い」 と言った。 「はい。分かりました」 「よろしくな」 矢畑先生はポンっと肩に手を置く。 昨日の、光景がフラッシュバックされる。 怖い やめて  そんな感情のせいで私は反射的に避けてしまった。 「あっ、すいません!」 「こっちこそすまなかった」 落ち込んだようにいう矢畑先生を見てすごく、すごく申し訳なくなった。 「キーンコーンカーンコーン」 予鈴がなり、1時間目が始まった。 「ここは、多国籍で…」 要点を大声で喋る社会担当の教師はよく、チョークを消費する。 黒板に字を書くときの勢いがよすぎるためによくチョークが折れるのだ。 「分かったか!?ここは、重要だぞ~」 バキッ まただ。また、重要なポイントを黒板に書くときにチョークが折れてしまった。 「クスッ」 男子達のバカにする声が聞こえる。でも、私はそれだけ熱心に教えてくれていて嬉しいと思っている。すごく分かりやすくて、楽しい。 2時間目、3時間目、4時間目と、授業が終わり昼休みになった。 「恋歌ー、屋上行こー」 瑠奈の声が聞こえ、犬柄の包みに包まれた弁当をもって瑠奈がいる方へ走っていった。 屋上に着き、はしっこに腰掛ける。 「で、最近どう?旦那とは」 急にニヤリと不適な微笑みを浮かべる瑠奈。 「は?旦那何て言わないでよね」 「好きなんでしょ?どんなところが好きなのよ」 問い詰める瑠奈。「うるさいなぁー」っとじゃれあっていると、屋上の扉が開き金髪の赤い服を着た男が入ってきた。後ろにはぞろぞろと大柄の男達が着いてきている。 「うわっ、水野原だ。恋歌、行こう」 水野原… あの人だ。恐怖で足がすくむ。動けない。 「恋歌?どうしたの」 肩をゆする瑠奈。 <動け。動いて> 指示を出しているのに、実行する前に通信が途切れてしまうような感じで動けなかった。 案の定、水野原がこっちに気付いてズンズンと近寄ってくる。 「恋歌!!」 叫ぶ瑠奈。逃げて。こいつは、危ない。でも、声が出ない。でも、瑠奈に警告ができない。 「お前、昨日の…」 「豪、どうしたんだよ?」 仲間が笑いながら近付く。 「こいつ、可愛くね?」 髪を撫でながら仲間に喋りかける水野原。瑠奈は「来ないで!」と威嚇をしている。 でも、水野原は聞く耳を持たない。 「ほら。可愛くね?」 私の顎を持ち上げてキスをしようとしてくる。 「や、やめてください!」 力一杯突き飛ばして、私は叫んだ。 「お前、覚えてろよ」 唾を吐き、立ち去る水野原。 「恋歌、大丈夫?」 瑠奈が急いで駆け寄ってくる。 「うん。ごめん」 立ち上がろうとした瞬間、力が抜け急に意識が遠退いた。目の前が真っ白になった。 「ん?」 光が差し込んできて、一瞬目が痛くなる。 体を起こして、辺りを見渡すと白いカーテンで周りが囲んであった。 「ここは…保健室か」 ぽーっとしていると、手に温もりがあることに気付いた。下を向くとヒロが眠っていた。 「ヒロ?」 ヒロの名前を呼んだときヒロが目を擦りながら、体を起こした。 「恋歌?大丈夫か!?」 焦ったように肩を支えるヒロ。 また、さっきやあの時の光景がフラッシュバックされる。 大きな、タバコ臭い体。不適な笑みを浮かべる水野原。怖い。こわい。コワイ。 私はまた、反射的に避けてしまった。 「あっ…ごめん」 「こっちこそ、ごめん…」  とても、申し訳なくなる。 「児島から、色々聞いた。すまねぇ」 静かに言うヒロ。 「ううん、大丈夫。瑠奈は…」 「大丈夫。今は先生に話を聞かれてる」 「そっか…ヒロ、部活は?」 「休んだ」 「休んだって、ヒロ…ごめん」 「今日、実行委員だって。バカだなー」 ははっと笑うヒロ。空気を和ませようとしてくれているんだと分かった。 「そっか…何時からだっけ?」 「4時から。もう行くわ」 背伸びをして立ち上がったヒロは「じゃあな」と歩いていった。 「ヒロ!」 「どうした?」 「ありがと」 「おう」  左手を挙げて「じゃあな」というヒロ。 私はヒロがいることでどれだけ救われているか、改めて知った。 窓際を見ると「頑張れよ」と書いてあるコーラが置いてあった。
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