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いま、花ひらくとき
四月末。桜の花は散り、窓の外は春の若々しい緑色に彩られる頃。
「今日、四月二十四日は、明石くんの誕生日です!」
一年四組のクラスを、ハッピーバースデーの歌と手拍子が満たす。ひょろっとしたお調子者の男子生徒が一人席から立って、みんなの祝福に両手を振って答えている。
【クラスメイトの誕生日が来たら、夕方のホームルームでお祝いする】
白髪で、ちょっとワンマンなところのある担任が、四月の初っ端に提案したことだ。十五歳が十六歳になる。ティーンエイジの後半に差し掛かる、ちょっとブルーで、それ以上のわくわくが溢れるタイミング。祝うのも祝われるのもきっと嬉しいことで、なかなかすてきな試みだな、と思う。
「今日の誕生花は、コデマリです」
そして、この場では「誕生花とその花言葉」が添えられる。「お祝い係」に自ら立候補した羽島さんが、毎回自ら調べてきているらしい。
「花言葉は『優雅』『上品』。だそうですが? 委員長の明石くん?」
明石くんは、手の振り方を皇室の人みたいにお上品な感じに変えて、クラスはどっと湧いた。そういう機転が効くのは羨ましい。「男子の出席番号一番だから委員長」と適当に選ばれた彼は、適任だ。「女子の一番だから副委員長」の私は、文系眼鏡女子だから、別の意味で似合っているのかもしれないけれど。
祝福ムードの中、私はこっそり、さっきもらったプリントを眺める。
【体育祭のダンスについて】
五月二十五日は体育祭。一年で一番憂鬱なイベント。
そしてこの日が誕生日。
目下私は、最悪の誕生日の到来に、溜め息の日々を過ごしている。
***
――今日の誕生花は「ブルーベル」。花言葉は「反抗」「友人が多い」。やんちゃな山下くん、ご感想を!
体育祭で一年生はクラスごとにダンスを踊り、他の競技とは別枠で表彰されるらしい。昼休みか放課後に練習をすることになった。
今日は放課後、中庭の芝生広場で練習。木々や芝生や、花壇のパンジーやマリーゴールドは、気持ちよく風に揺れている。そんな程よい気候でも動くと充分に暑くて、みんな汗をかきかき励んでいる。
このクラスが選んだのは、アメリカのアップテンポなポップスで、ちょっとクールな女性ボーカルの曲。私は後ろの方で、遠くて聞こえづらい音源に合わせてひっそりと踊っている。
羽島さんが、みんなの前でレクチャーしている。昔ダンスを習っていたらしいと、どこかで聞いたことがある。すらっとしたプロポーションと長い手足を活かして、彼女自身が主体となって決めた振り付けで、ダイナミックに動く。レクチャー要員にはもう一人、目立つグループのリーダー格、吉澤さんもいるけれど、実力は雲泥の差。羽島さんを見ていると、ああいうのが華のある人なんだなあ、とよく分かる。
練習が終わり、そそくさと教室に戻ろうとして、突然後ろから声をかけられた。
「浅見さん、ちょっといい?」
羽島さんだ。首元の汗を白いタオルでぬぐいながら微笑んでいる。
「えっ、でも部活が」
「戻りながらで大丈夫。浅見さん、もっと前に出てこない?」
体が石のようにこわばってしまう。視線が青々と茂る芝生の上に落ちる。
「……別に私、サボってないよ?」
「そうじゃなくてさ」
「目立ちたくないんだ」
私は苦笑する。
「私、背も低いし、羽島さんみたいに見た目に華もないし」
横に立つ羽島さんとは十センチ差くらいはありそうだし、表情豊かでスタイルもいい彼女と、「地味」という言葉をまとったような私とでは役割が違う。
「華とか、別に、動きをぐわって大きくしてるだけで……というか雑?」
「そんなことないよ」
花壇に例えるなら、パンジーやチューリップみたいに明るい花と、ネモフィラみたいに群生する小さな青い花。
目立つ役には、なれない。
「とにかく、ごめんね」
私は当たり障りのない笑顔を浮かべた。羽島さんは少しむくれているけれど。
***
――今日の誕生花は「エーデルワイス」。花言葉は「大切な思い出」「勇気」です。大切な思い出、ありますか、吉澤さん?
人には向き不向きがある。
私は高校から始めたクラリネットを、先輩の指導を受けつつ「ぷわーっ」と細い音で吹いている。真っ黒で、細長くて、音量も小さくて、部内で一番人数が多い楽器。つまり集団の中に埋もれる楽器。
だけど同じ教室の反対側で練習している羽島さんは、中学時代からずっとアルトサックスを吹いていて、いきなりコンクールのメンバーにもなっている。金ぴか、目立つ音、ソロも多い花形楽器。今も先輩と何やら議論をしている。
持って生まれたものが違うのかもしれない。
元々、自分の芯があるんだろうな。そうでないと、振り付けを自分で考えて、四十人に教えるなんてことはできない。あんな華やかな楽器を堂々と吹くことなんてできない。少なくとも、音が裏返らないか、と今だってびくびくしているような自分とは全然違う。
溜め息が出そうな気分だけど、口にはクラリネットのマウスピースがある。せめて、体育祭で演奏する行進曲は吹けるようにならないと、足を引っ張らないようにしないと。
そうして、譜面通りだけれど、行進なんてできなさそうな情けないメロディーを、私は今日も奏でる。羽島さんのサックスは、ベルから色とりどりの花を咲かせるみたいに、情感豊かにコンクール曲の旋律を奏でている。
***
――今日の誕生花は「ベルフラワー」。花言葉は「感謝」「誠実」「楽しいおしゃべり」。誠実な中島さんに似合う可愛い花です。
今日は朝から激しめの雨が降っていて、夕方になっても淡々と中庭の花壇を叩いている。上からじゃ見えないけれど、あの綺麗な花たちは無事なのだろうか。それとも恵みの雨なのだろうか。
昼休みも放課後もダンス練習は中止。今日は、顧問の都合で吹奏楽部の練習もない。体育祭の打ち合わせを終えて、教室の自席へ戻ると、前からぬっと影が現れた。
「浅見さんっ」
「羽島さん?」
「あ、ごめんごめん。片付けながらでいいよ」
お昼に食べそびれたんだー、と羽島さんは袋からコンビニのサンドイッチを取り出す。教科書を鞄にしまいながら見回すと、クラスにはもうあまり人がいない。
「吉澤さんたちは?」
「え? ……ああ、部活じゃない? そもそも別にそこまでの友達ではないよ?」
いや仲が悪いってわけじゃないから! と慌てて付け足され、はあ、と私は間の抜けた返事をする。てっきり彼女も吉澤さんグループの一員なのだと思っていた。
「あっちはちょっとギャルっぽいからさ。なんというか……普通にクラスメイト? 吹奏楽部なんて入ってる時点で、私の本性は結構文化系だよ」
そう言われれば、吉澤さんたちは、運動部員や運動部のマネージャーでよく固まっているような気もする。
「今日はちょっとご相談があってね」
「相談?」
「二つほど、ダンスのことで」
「なんで私なの?」
ついキツめの口調になってしまって、すぐに小声で謝る。羽島さんはまたむくれている。
「だって……誤魔化してても動きが全然違うもん。経験者でしょ」
思わず額に手を当てる。
「……まあ、一応」
「あっ、だいじょーぶ! 意見がほしいだけ。フィクサーでいいから!」
フィクサーって、と溜め息をつく。彼女はルーズリーフを数枚机の上に広げ始めた。ダンスの振り付けが描かれている。マメなんだね、と言うと、「吉澤さんが作ってくれたんだ」と羽島さんは苦笑した。さすが運動部のマネージャー、というところだろうか。
「私、こういうの作るのサボりがちなんだよね。全部体で覚えようとするから」
「そうなんだ」
「うん。だから楽器でも、譜面通りに吹くのがちょっと苦手。自分の味を足したくなるし、そのせいでしょっちゅう先輩とケンカしてるんだよ、実は」
昨日のもさあ、絶対私の吹き方の方が曲に合うと思うんだよねー、と文句を言いながら、羽島さんは楽しそうだ。
「……すごいなあ」
ぼそっと、片付けの音に紛らせた独り言のつもりだったけれど、聞こえてしまったらしい。彼女は微笑んでいた。
「浅見さん、いつも譜面通りに丁寧に練習してるよね。そういうのができるの、逆にちょっと羨ましいよ」
いつも聴いていたの、という驚きと、予想外の褒め言葉で、私は狼狽してしまう。ペンケース落とすよ、と彼女はたまごサンドを頬張りながら楽しそうに笑う。
「それは置いといて。ここの、全体で踊るところ」
彼女が指した箇所は、まだ振り付けが決まっていない部分だ。全体で何かしたいという話だけは出ていた。
ふっと、何の前触れもなく一つの映像が浮かんだ。
「ラインダンスみたいな感じとか……。直前から動かしやすいし」
「いいねそれ! 教えやすいし、動きが揃えばキレイだし」
あっ、と私は顔を伏せて、教科書をせっせと鞄にしまう。つい乗せられてしまった。今さらだよ、と羽島さんは不敵な笑みを浮かべつつメモを取っている。
「実はノリノリ?」
「……思いつきだって」
「ごめんごめん。とりあえず、ここは浅見さん案で考えるとして、もう一つ」
曲のラストの場面。だけど、どんな陣形で締めるかという話は既に出ていたはずだ。
「ここね、なんか最後の盛り上がりがもう一つ欲しいなって」
「はあ」
「そうだなあ、例えるなら最後の味付け。ブラックペッパー、的な」
そう言いつつ、羽島さんはちらちら私の方を見ている。
まさか。
「無理無理無理!」
「ソロじゃないよ! 私と二人だから!」
そういう問題ではない。結局踊らせようとしているし、吉澤さんとか目立つ子を差し置いてそんな大役を任される訳にはいかない。
「何か理由があるの?」
「……それは」
「踊りたがってるよ、体が」
分かっている。
「踊りたいのに、踊れないの?」
私だって、自分の体が疼き始めているのに気が付いている。
だけど。
――調子乗ってんの?
「思い出しちゃうんだ、どうしても」
幼い頃から、踊るのが好きだった。
幼稚園のお遊戯、運動会のダンス。やがて親にせがみ、ダンスを習い始めた。上手とか下手とか関係なく、ただ、音楽に体を合わせている時間が幸せだった。
中学生になると、塾や合唱部で忙しくてダンスは辞めてしまった。それでも体育祭のダンスの練習は心躍った。友人や体育の先生には褒められるし、楽しくて、周りなんて全く見えていなかった。
だけど、地味な私は、基本的にヒエラルキーが低い。急に調子づいた私が気に入らなかったのか、目立つグループの女子から嫌がらせを受けるようになった。精神的にしんどくなって、それでも、踊り続けて。
体育祭の日、私は学校に行けなかった。
しばらくしていじめは止んだけれど、もう、ダンスはしない、と私は心に決めた。絶対に、目立つ場所で踊らないと。
「もう、あんな日々、嫌だから」
私はこの先ずっと地味子でいいんだ。それが、私に似合う立ち位置だから――。
「ブーゲンビリア。花言葉は『情熱』」
ぽかんとする私に、私の誕生花、と羽島さんは付け足した。
「昔さ、ダンススクールで孤立してたんだ。自分勝手に踊り過ぎだって。吹奏楽でもそうだったかな。悩んだよ。個性を消して生きるべきなのかなって」
意外だった。いつも、彼女に迷いなんて無さそうだから。
「そのとき、友達に教えてもらったんだ、花言葉。……そっか、それが私だよね、って勇気づけられて。そのとき思ったんだ。せめて、誰かのために、この情熱を使ってあげられないかなって。そこから段々友達も増えてきて」
誕生花、ダンスの指導、いつでも笑顔。
「あのね」
手が取られる。
「私は、浅見さんと踊ってみたいんだ」
羽島さんは、華がある。
その華を振りまかせて、みんなをお祝いしたり、サックスを吹いたり、ダンスで動き回ったり。それが、とても、羨ましい。
「私には分かる。浅見さんは踊りたがりなんだって」
だけどそれは、彼女が努力して掴み取った姿だった。
「きっと、誰よりも輝ける人だって。その姿を見てみたいから」
どうしても、自分を表現したくて。
「お願いします」
羽島さんが頭を下げる。
ずっと、ずっと、私は。
「……全員が静止する所から、隊列が動くまで数拍。そこで私たちが前に出て」
浅見さん、と明るい声がする。俯き加減だけれど、声を絞り出す。
「そこで、こういう振り付けとか」
立ち上がって、教室の前へ向かう。
ずっと、私は、踊りたかった。
即興で振りを付ける。蛍光灯に照らされ、床が木の硬い音を鳴らし、掃除し残されたチョークの粉が舞う。
楽しい。
羽島さんは嬉しそうに頷く。やがて彼女も立ち上がって、二人で振りを見せ合う。
めちゃくちゃ、楽しい。
「いい笑顔してるよ」
羽島さんのいつもの笑顔を、私も写し返す。雨の日のダンス。湿気なんて、全て吹き飛ばすような爽快なダンス。
こんな快感を捨てていただなんて。
ずっと、忘れたことにしていたなんて。
熱中していると、下校のチャイムが鳴り始めた。ヤバい、と二人とも肩で息をしながら片付けをする。
「……でも、吉澤さんとかは大丈夫?」
冷静になると、急に不安が頭をよぎる。
勝手に決めたら怒るんじゃないか、あのときみたいに何か目をつけられるんじゃないか――。
「だいじょーぶ、ほら」
羽島さんは携帯の画面を私に見せてきた。映し出されているのはメッセージアプリのやり取りだ。【浅見さん、ゲットしたよー!!】【やったー新エース登場!!!】そしてキャラクターの号泣のスタンプ。
いつの間にこんなやり取りをしていたのだろう。そして吉澤さんは部活中じゃなかっただろうか。……それは、まあ、いいか。
「ありがとうね、浅見さん」
「ううん」
私は今、とっても嬉しい。
認めてもらえたことが。そして、久しぶりに、気持ちいい汗の中に浸れていることが。
「こちらこそありがとう、羽島さん」
***
体育祭、本番。
絵に描いたような五月晴れの中、私は心を奮い立たせていた。
行進曲の演奏はきっちりこなせて、百メートル走はなんと三位。障害物競走はビリだったけれど、中島さんは優しい声で労ってくれて、山下くんはドンマイ! と肩を叩いてくれた。どっちも花言葉が似合う人だ、と微笑んでしまう。
テントの隅でぼんやり休憩していると、羽島さんが声をかけてくれた。
「調子は大丈夫?」
「うん、まあまあ」
おっ主役二人! ダンス頼むぜ! と近くにいた吉澤さんや明石くんが盛り上がる。ダンス練習を経て、いつの間にかクラスのみんなにすっかり期待されてしまっている。嬉しい半面、ぴりっ、と体に電気が走る。
「ダンス、プレッシャーは感じなくていいからね」
羽島さんが私の背中に手を置いた。今日までこうやって、私を優しく引き上げてくれた。
「うん」
「私はたぶん勝手に暴れるから」
「え?」
……今日は様子が少し違う。
見上げると、彼女は目をいたずらっぽく細めている。
「ふふふ、プレッシャーなんて感じさせる間もない体験、させてあげる」
「……望むところだよ」
その意気っ、と背中を軽く叩かれた。今の競技が終われば、いよいよダンスの時間だ。
広いグラウンド。びっしりと囲んでいるテント。教職員、保護者、三学年分の生徒たち。
中央には、私たち一年四組の四十人だけが立つ。
なんて開放感なんだろう、と私は思った。この清々しさを、ずっと待ち望んでいた気がする。
最初の俯いたポーズを取りながら、隣に立つ羽島さんと目配せをする。不敵な笑みに、私も挑戦的に微笑み返す。お互いに、もう体が限界だと言わんばかりに疼き始めている。
スピーカーから、もう何度も聴いたイントロが流れ始める。
ギターサウンドとクールな女性ボーカル。数拍流した後、隊列ごとに順番にポーズを決めて、Aメロが始まる。
全員で踊る、細かい動きの多い場面。羽島さんは宣言通り、練習なんて忘れたかのように激しい動きをする。釣られすぎない。私は私のテンションで。確実に一つずつの動きをメリハリよく宙に刻んでいく。
ボックスステップ、左右の組に分かれてダンス、女子はポーズを決めつつ屈んで、中央では男子だけが踊る。羽島さん、吉澤さん、そして私も少し助言をして、四十人みんなで作ったダンス。一つ一つのシーンが来るごとに、神経の甘美な痺れで鳥肌が立つ。
そして、二列に並んでのラインダンス。私たちの列は前方の審査員側を、もう一方の列は生徒側を、それぞれ向いて、脚を上げる。ハイ、ハイ! と全員で上げた声が空に吸い込まれて、とても気持ちいい。
曲は終盤に差し掛かり、サビの終わりで全員が静止。アウトロを聴きながら私と羽島さんは前に出て、たっぷり八拍使って所定の位置へ。七拍目でウインクを投げられ、八拍目で私は小さく頷く。
暴れるギターソロに合わせて、二人だけの、誰におもねることもない、リミットを解除したダンス。ダイナミックな腕の動き、複雑なステップ、細かい肩や腰の揺れ。羽島さんは自由奔放だけれど、私の細かい指導がベースになっている。私は正確さを保ちつつ、羽島さんに感化されて段々激しく。シンクロしていく二つのダンスが、場を完全に支配する。
踊りきると私たちはぎゅっと手を繋ぎ、隊列の中に戻っていく。羽島さんの手は興奮で震えている。反対側の膝をつき、繋いだ手を掲げて、曲は最後の和音を奏でる。
二人で見上げた空は、あまりにも澄んでいて。まばゆく輝く太陽の下、今、私たちは咲き誇っている。
盛大な拍手のシャワーの中、羽島さんと顔を合わせる。ありがとう、とお互い同時に口が動いた。羽島さんの目は情熱の残り火できらきらとしていて、きっと、それは私も。
結果は、ダンス部門、優勝。
吉澤さんやその友人たちはきゃあきゃあ肩を叩き合っていて、明石くんは涙目で、山下くんも、中島さんも、みんな嬉しそうだ。
いいクラスだな、と改めて思う。
全部、羽島さんの情熱のおかげだ。
輪の中心で泣きじゃくる彼女を見て、私は微笑んでいた。
***
副委員長は片付け役。元のがらんとした姿を戻していくグラウンドに少し寂しさを覚えながら、そういえば今日は誕生日だった、と思い出していた。クラスの人には教えていないし、(羽島さん以外)誰も知らないのだろう。
上々の誕生日だった。ダンスでは活躍できたし、吹奏楽や個人種目でもそれなりに頑張れた。
だけど、今日は自由解散でホームルームはない。いつものお祝いはされない。もうみんなクラスに戻って自分の鞄を取って、それぞれ帰途についている頃だろう。ちょっぴり残念だけれど、いいこといっぱいあったんだから、求めすぎは良くないよね、と自分を慰める。
委員長の明石くんと合流して、二階の教室へと戻りがてら、暑かったねーと話す。実は今日誕生日なんだ、と軽い口調で言いかけたけれど、お祝いの押し付けみたいで嫌だと思い、やめた。
教室まであと数メートルの所で、なぜか明石くんはニヤリと笑った。
「どうしたの?」
彼は答えずに、突然ダッシュした。不意をつかれて、つい私まで駆け足で教室の入口に向かう。
ドアを開いた瞬間、私は拍手に包まれた。
「浅見さん、おめでとう!」
ハッピーバースデーの歌と手拍子。先生も含めて四十人分。どうして、と声が漏れた。
「待ってたよー」
「今日のヒーロー! おめでとう!」
「委員長、別にダッシュしなくてもいいだろ」
いやー席で迎えるべきかなって、と明石くんは笑顔で敬礼してきた。私は微笑んで肩をすくめる。
「浅見さん、本当にありがとう」
羽島さんが言った。右側から西日に照らされて、私は羽島さんと目を合わせている。彼女は満面の笑みで見つめてくれている。さっきまで隣で踊っていた相方は、こんなサプライズまで仕込んでくれていた。
「五月二十五日、今日の誕生花は『ラナンキュラス』。ふわりとした、開けば開くほど美しい花」
続く言葉を聞いて、私はハッとした。
そうか、あなたは、最初からずっと信じてくれていたんだね。
改めて言いたい。……私の姿を見つけてくれてありがとう、って。
そして、これからもずっと、一緒に輝きのときを過ごせたらいいな。
「花言葉は、『晴れやかな魅力』『光輝を放つ』。きらきらしてたよ、浅見さん」
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