prologue

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 青空に、静かに羊たちが浮いている。  比喩ではなく。  ひつじ雲っていうけど、本当に羊たちが浮いているのだ。  地は雄大な緑の野原だ。  私が見やる地平線は、黒い狼軍のひしめきに埋まっている。  羊といえば狼に食べられるのがお約束だけど、いまは違うらしい。  ここは戦場。  両雄、相まみえているのだ。  冗談かと思われるかもしれない。しかしこの世界では、なんでも起こり得る。それに疑問を呈す方がおかしいらしい。  つまり、私がかつて世話していたようなふつうの(・・・・)羊もいれば、そうじゃない(・・・・・・)羊もいるということ。  特に顕著なのが、この本陣の、私の傍らで椅子に座っている首領(ドン)・シー仔である。 「うふふ……バカな人たちねぇ。あんな軍隊なんかでシー仔たちに勝てるとでも思ってるのかしら」  この移動式国家・プロヴァトの首領にして、唯一の二足歩行羊。可愛いっちゃ可愛いのだがー……。 「あらねぇ、マキちゃん。今日のあなた……私より可愛くない?」  天上天下唯我独尊を絵に描いたような性格をしていて、可愛いから何をしても許されると思っている節すらある、超トンデモ羊なのだ。 「いいえ、そんなこと断じてありません首領(ドン)」  首領(ドン)の方が可愛いです。と私は棒読みで付け加える。首も振っておさげを揺らす。 「でしょうね、でしょうね〜! いくらマキちゃんが我がプロヴァトの雇われアイドルだからって首領であるわたくしより可愛いとかあり得ないし〜」  首領(ドン)の頭の上に乗っている、ウーパールーパーのウパルが「うぱッ!」と鳴いた。同意してるのか。  その時、狼軍に動きがあった。  地平線を占めていた黒色が、野原をなだれていくのを私は見た。進軍を開始したのた。 「動いたわね〜」首領(ドン)は前のめりになって目を輝かせる。  狼は狼でも、わたしたちが今相手にしているのは、昨今勢力を拡大している進化系狼(・・・・)である。  奴らはまず二足歩行だ。決して人と狼の姿を行き来する人狼の類ではないという。  さらには進化したゆえの掟があって、それは赤いずきんの子を襲わないとか、人を騙さないとか、そんな内容らしい。  え、それって進歩した良い狼なんじゃと思うが、我らが首領(ドン)には関係ないこと。  首領(ドン)から羊たちへと、命が発信される。  「α隊、β隊、γ隊、迎え撃つのよ〜!」  さて、我らが軍の羊の角そのものは頭からややはみ出た程度の長さしかない。  だがそれは問題ではない。  別に角で直接戦わなければならないという決まりごとは、この羊たちにはない。  射程距離は広い(・・)のだ。  狼軍の先鋒が迫っていた。 「攻撃開始〜ッ!」  首領(ドン)の一声と共に、青空に複数の白い雷電が迸った。  野原の地を小規模な爆発がいくつもあがり、狼ごとえぐり取る。黒い姿が爆発のなかで影となり消し飛んだ。  ただでさえ昼なのに、いくつもの爆発は空が白っぽくなるほどだった。  雷電はすべて、我らが羊たちの角より発せられたものである。 「……エグい」  私は呟いて、呆れてしまった。  たが相手も進歩した狼だ。後方から大砲を用い、浮遊する羊めがけて発射する。  一匹が撃たれ、火の塊になって落ちていく。  すかさず、司令塔──即ち首領(ドン)から新たな命が飛ぶ。 「α-8ロスト、全機即時敵戦闘パターンをアップロードせよ!」  それを機に野原に、メェェェェという鳴き声が満ちて、空間をたわませた。  「全くよぉ、こんな進化した羊がこの世にいるなんて恐れ入るぜ」  私の横に、いつの間にか、ベオウルフさんがいた。 「ベオさん」 「マキちゃんおつかれ〜」  ベオウルフさんは狼だ。人語を解すが四足歩行で、本人……本狼曰く、「古き良き狼」とのこと。なぜかプロヴァトに紛れている。 「向こうも馬鹿だな〜倒せば倒すほど厄介になるっていうのに」  先程、首領(ドン)が言ったアップロードは、そのまんまそのとおりである。  この羊たちは離れていても、記憶を同期できるのだ。 「ほら見ろ、もう大砲玉を避けられてる」  浮いてる羊の移動速度は早くはないが、アップロードされた彼らは大砲玉が発射された直後に、微妙な動きを取るだけでかわせるようになっていた。  首領(ドン)は気をよくして声を高らかにする。 「立てば爆薬、座れば砲台、歩く姿はキラーマシン! このシー仔に立ち向かおうなど宇宙が一巡しても早いわぁ!──あ、ところでマキちゃんそろそろステージお願い」 「はーい」  私は本陣傍らのステージへ上がる。ステージは巨大なスピーカー付きで、戦場中に音が届くようになっている。ステージ左右からぞろぞろと、羊たちが現れ整列した。  この為だけに訓練されたダンサー羊集団・HTJ48だ。 「えーでは、おほん」  ひとつ咳払いしてから、私はマイクのスイッチを入れる。 「戦場の皆さ〜ん、こんにちは〜! マキでーす☆」  スピーカーの振動を、両頬に感じる。 「今日も我がプロヴァトの全羊の為に、マキは歌っちゃうよ〜!」  正直これを最初にやった時は死ぬほど恥ずかしかったけど、もう慣れた。慣れたというか、妥協した。 「では一曲目、聴いてください。『我が羊生に悔いはなし』」  音楽が流れ出す。  HTJ48が揃った動きで踊りだす。  爆発音に負けぬように、私は歌う。  流浪の羊民たちの、約束の地を目指す戦いは、今日も続く。
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