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今日も彼女は落書きをしていた。今日の標的は俺のお気に入りのお皿。真っ白なお皿の真ん中に黒のマジックで書かれた百合が一輪咲いていた。
「また落書きした?このお皿結構気に入っていたのに…」
そう言う俺を横目に彼女は机にいつもの百合を描きながら言う
「綺麗でしょ?」
こうなると彼女は何も言うことを聞かない。
「綺麗だけど反省して。はぁ…また新しいの買わなきゃ…」
彼女の百合の落書きは少しずつ増えていく。
「なんで落書きするんだい?しかも百合を…」
不意に思った疑問をぶつけてみる。すると彼女は笑って、
「花言葉を調べてみて?」
急いでスマホを取り出し打ち込み調べる。
「百合…純粋、無垢?でもこれに…痛っ!」
急に彼女に頬を摘まれた
「ちーがーうー!黒百合なの!これ!」
黒百合に打ち替え調べる。
「恋…え、そう言うこと?痛っ!痛いって!」
さらに強く摘まれた。彼女はため息を一つつき恐ろしい一言を放つ
「これは呪いなの。あなたが私を忘れられないようにする呪い。」
驚いた。でも今更離れることなんて…その思いが口に出てしまった。
「こんなのなくても俺は君のこと忘れないよ?」
すると彼女は笑って、
「念のためよ、念のため!」
これからもそうやって顔を摘んで、ため息ついて、笑って過ごす。そんな日々が流れるそう思った。
数週間たったこの日に、彼女は写真の中でしかいなくなってしまった。花に囲まれた額の中でいつもみたいに明るく笑っている。それだけがくっきり見えて、他は滲んで見えない。
飲酒運転の信号無視だった。
「また若いのに…」
「良い子だったのにね…」
「かわいそう…」
そんな言葉が式場に漏れる。でも俺の耳にはそんな言葉は入ってこなかった。ただ、単純に茫然と立ち尽くすだけだった。
数ヶ月が経った。彼女はもういない。俺はあの皿を洗っていた。黒百合、彼女が大好きだった花が目に留まる。
「これは呪いなの。」
彼女の声が脳裏に響く
「あなたが私を忘れられないようにする呪い。」
涙が溢れる。頬を伝い、顎からこぼれ落ちる。
「あ、あ…ううっ…なんでっ…なんでっなんだよっ…」
聞こえぬ声に、俺は泣き、崩れ落ちる。
君の作った、少しずつ消えていく黒百合は
「なんて残酷で冷たく、でも愛おしく綺麗な呪いなのだろう。」
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