看板のない紅茶屋さん

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 でも彼女は俺をじっ、と見つめたまま待つ。  じゃあ……なんとなく。  適当? 違う──直感。  棚の上の方、背伸びしても届かない位置にある黒い缶。  彼女は木の脚立に上って、それでも背伸びするように取った。  エプロンの後ろの蝶々結びがよれていた。 「いいね。あたしもこれ好きだ」  も?  缶の蓋はされたまま、開けて、と顎で示される。  缶と缶が擦れる小さな、くわぁん、と鳴る音から空気が小さく、ぱかぁ、と息する音が鳴って、した。  思わずほくそ笑む匂い。  確かに、も──俺も、好きだ。 「な?」  不思議だ、彼女は俺の言葉を匂ってるみたいだ。
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