(二)

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(二)

 一ヶ月後のゴールデンウィークにサークルメンバーで二泊三日の春合宿に行った。アウトドアキャンプだった。サークルメンバーは単純に旅を楽しむだけでなく、キャンプが好きな人たちが多かった。さらに合宿は、新人歓迎会、そして夏の旅行企画の検討会議もかねていた。それなので、昼には河原でバーベキューを楽しみ、夜にはロッヂに泊まりがてら、ミーティングをした。  二日目、朝食後のちょっとした空き時間に、キャンプ場の前にあった河原に行った。その土手にはクローバーが群生していた。私とそのとき一緒に来ていた子と一緒に、四つ葉のクローバーを探した。子どもの頃にも同じように探したことがあったが、そのときは見つけることができなかった。だからこのときも、探してはみたけれど、実際には見つからないだろうなあ、なんて思っていた。でも、見つけることができた。四つ葉のクローバーを。やっと私にも幸運が巡ってきたのかな、なんて思って嬉しかった。  そしてその日の夜、私はあなたに誘われてロッヂに出た。まだ肌寒い中を月明かりが照らす川の水面を見ながら、あなたは私に付き合って欲しいって言った。私は嬉しくって、すぐにOKした。  合宿から帰ってから、私は摘んでハンカチに挟んで持って帰ってきていた四つ葉のクローバーを押し花にして、しおりを作った。あなたと私を結びつけてくれた幸運のお守りとして。読んでいる本に挟んでいつでもあなたを思い出せるように大事にしていたの。  その後、あなたの噂をときどき耳にしたわ。他の女と仲がいいとか、新入生みんなに声をかけているとか、誰々とデートしていたとか、それ以上の仲じゃないかとか。私自身も何度か他の女とあなたが一緒にいるところを目撃した。でもそれは同じ授業を受けている学生とか、同じサークルの仲間とか、私の友人だった。だから私は気にしなかった。しおりにした四つ葉のクローバーを見ると、あなたとの絆を感じることが出来たから。それにあなたは私のことをきちんと愛してくれた。それは学生時代もそうだったし、あなたが一足先に卒業した後でもそうだった。あなたが新入社員だった頃は、時間のやりくりや慣れない仕事での疲れや忙しさでなかなか会えないこともあったけど、それでも私に会いに来てくれたよね。  そうして私も卒業して就職した。学生時代みたいにいつでも会えると言うわけじゃなかったけど、週末はなるべく二人過ごしたよね。そうやって私たちは愛を暖め続けたわ。  そして去年のクリスマス、夕食で訪れたフレンチレストランで、あなたは私にプロポーズしてくれた。凄く嬉しかった。指輪ケースを開けて中を見せてくれたとき、私は感激して泣いてしまった。あの日のことは一生の思い出よ。  その後、婚姻届を出す前に一緒に住もうということになり、私たちはお互い準備を始めたわ。アパートを引き上げて新居を探し始めた。  最初のうちは乗り気で色々調べていたあなたは、いざ部屋を決める段になって、迷いを見せ始めたわよね。私が良さそうな物件を探してきても、あなたは乗り気じゃなかったし、自分で探そうともしなくなってしまった。そしてしばらくすると、仕事が忙しいのか、あなたとはすれ違うことが増え始めた。あなたは土日も仕事に行くようになったし、私もあなたと一緒にいる時間が少なくなった。とても寂しかった。  その後、送ったラインのメッセージが未読のままになることも増えていった。だから昨日、私はあなたに電話した。  あなたは電話には出なかったけど、メッセージが送られてきた。 「急な用事ができた」 「実家のオフクロが出てくるっていうから、世話してくる」  だから私は「じゃあ、挨拶に行くね」と送ったわ。すると、 「いや、来なくていいから」  あなたはそう送ってきた。でもせっかくだったし「挨拶したいし」とメッセージを送った。  でも結局あなたは「いいよ。こなくて。大丈夫だから」って。  何よ。私たち、結婚するんじゃない。まだしていないけど、一緒に暮らしていくって決めたのに。お義母さんの世話だって、私はちゃんとみることができるわ。それなのに、なんかよそよそしい。  そして今朝、仕事に出かけるために玄関で靴を履くときに、持っていた鞄を落としてしまったの。中から読みかけの恋愛小説が床に落ちたわ。そのときにしおりが地面に落ちた。押し花にしていた四つ葉のクローバーで作ったしおりが。葉っぱが一枚落ちて四つ葉が三つ葉になっちゃった。  このときに気づくべきだったんだね。このときは急いでいたから気にしなかったのだけど。 (続く)
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