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百合の花を君に
私の名前は生田 すみれ。
どこにでもいるような普通の女子高生です。
両親のガーデニング好きのせいか、名前のせいか、【ストレリチア】という名前の花屋でアルバイトをしています。
ストレリチアはどこにでもある普通の花屋…
でもこのお店の店長はちょっとした有名人なんです。
彼の名前は慧天 皐月。
誰よりも花が好きで、どんな人にもやさしい。
金髪のマッシュヘアと色白の肌整った顔立ちから近所でも大人気で、なんとファンクラブまで作られているんです。
さらに花に対する豊富な知識と技術を持っていて、皐月さんの作った花束をプレゼントすれば、プロポーズは成功間違いなし、怒った奥様もすぐに笑顔になると言われているすごい人なんです。
私は大好きな花と皐月さんの眩しい笑顔に囲まれて、とても幸せな毎日を過ごしていました。
そんなある日、ひとりの少女が店を訪ねてきました。
制服をきちんと着こなし、眼鏡をかけているせいか、いかにも優等生といった感じです。
おっちょこちょいな私とは正反対だなぁ。
「あの、すみません。」
「こんにちは、花束の注文ですか?」
「いえ、違うんです。ここの店長さんに相談したいことがあって。」
「相談…ですか?」
「はい。」
こういったことはよくあるんです。
大抵は告白なんですけどね。
今は皐月さんがいないので、代わりに私が話を聞くことにしました。
「今、店長はお店にいないんです。もしよかったら私が店長に伝えますが…」
「そうですか…じゃあお願いします。」
彼女の名前は水野 唯。
近くの私立高校に通う2年生だそうです。
「うちの学校は中高一貫なんです。でも私は高校に入るときに転校してきたのでなかなかクラスに馴染めなくて…
ほんとはみんなと高校生らしくはしゃぎたかったけど、見た目のせいで大人しいって思われてて、話しかけても敬語で返されたりして。」
大人しいって思われるのはいいことばっかりじゃないんだ。
私は心の中で土下座しました。
「こういう扱いは慣れてたから最初は全然気にしてなかったんですけど、途中から私が話しかけても無視されるようになって…。
それからは教科書をゴミ箱に捨てられたりとか。」
「それって…」
「そうなんです。いつの間にかクラスの一軍からいじめの標的にされてたんです。」
「ひどい…」
「だんだんとエスカレートしていって、もう学校をやめるしかない、そう思ってたんです。でも…」
「でも?」
「一軍の中のある男の子が、見た目はチャラいけどちょっとシャイで、でもすごくやさしくて…。彼は私にしたことを全部謝ってくれたんです。」
「すごい!その子が他の子達に呼びかけていじめをやめさせたの?」
「いいえ、彼は一軍の中では権力が低くて、いじめるふりをしながら私を助けてくれていたんです。」
「でもそれって…」
「分かっています。結局みんな代わりにいじめられるのが怖いから何も言えないんですよね。でも、クラスの中に味方がいるって思ったら辛いことも耐えられるようになったんです。」
「そうだったんだね。」
「しばらくして彼とはよく話すようになったんです。私が勉強を教えたり、彼が好きな曲を教えてくれて。」
「なんだか凄くいい感じだね、青春だなぁ。」
私がそういったとき、唯ちゃんは初めて優しく微笑んだ。
「ある日彼が一緒に帰っている時に1輪の花をくれたんです。」
「ロマンチックな彼だねぇ。」
「はい、とても嬉しかったです。部屋に飾ってずっと眺めていました。」
「それでそれで!どんな花を貰ったの?」
「黄色の百合です。私が黄色が好きだって話をしたら…」
「羨ましいなぁ…」
唯ちゃんはまた微笑んだ。
笑った顔はすごく可愛いなぁ。
彼の気持ちが少しわかったような気がしました。
「でも…。そうじゃなかったんです。私は彼が私のことを好きなんじゃないかなって勝手に勘違いしてた。私はいつからか彼のことが好きになっていたんです。だから両思いなんだって浮かれてて。釣り合うはずもないのに。」
「そんなこと…」
「学校に行ったら一軍の女子の1人が何故か彼から黄色の百合を貰ったことを知っていて。」
「あんた黄色い百合の花言葉知ってる?あの花には偽りの愛って意味があるの。あんたはあいつに遊ばれてたの。そんなことにも気づかずに舞い上がって馬鹿じゃないの。」
「そう言われたんです。」
「そんな…」
「それで、私思い出したんです。確かに彼、私に花を渡した時、この花には面白い花言葉があるって。ほんとに馬鹿ですよね。今思えば、私のことをからかっていたんだと思います。」
唯ちゃんの目から1粒の涙がこぼれました。
「その後も彼は白い百合と黒い百合をくれました。まるで…お葬式…ですよね。でも私、彼のことがどうしても諦めきれなくて…
だからせめて最後に私の想いが伝わるような花束を作ってもらおうかなって。ここの花束はどんなことも上手くいくって聞いたので。」
そう言うと唯ちゃんは唇を噛み締めて静かに泣き始めました。
私は気の利いた言葉のひとつも言うことが出来ませんでした。
唯ちゃんが帰ってからすぐに皐月さんが帰ってきました。
私は直ぐに事情を話しました。
「黄色の百合、黒の百合、白の百合ですか…」
皐月さんは腕を組みながらなにやら考え込んでいました。
「黄色や白ならまだしも黒の花を送るなんていくらなんでも酷すぎませんか?」
私の言葉を聞いて皐月さんは微笑んだ。
「たしかにそうですね。でもきっとこの花のセレクトには彼なりのメッセージが込められていると思いますよ。」
「え、なにかわかったんですか!?」
「はい。でもその前にいくつか水野さんに確認しなければいけないことがあります。すみれさん、彼女の高校は分かりますか?」
「分かりますけど…」
「それでは明日はお店を早く閉めて彼女に会いに行きましょう。」
「え、でも…」
次の日私たちは高校の前で唯ちゃんを待ち伏せしていました。
「ねえ、あの人めっちゃかっこよくない?」
「誰待ってんのかな?」
「隣の人ってメイドとか?」
私はメイドじゃありません。
アルバイトです!
予想通り私たちはとても目立っていました。
そのおかげか唯ちゃんもすぐに見つけることが出来たみたいです。
「ここでは話しずらいので場所を変えましょう。僕の行きつけのカフェでケーキをごちそうしますよ。」
カフェについてから皐月さんは大好きなガトーショコラを注文し、私と唯ちゃんはメロンソーダを注文しました。
イケメンで甘党なんてずるいよなぁ…。
「さて、水野さんにお聞きしたいんですが。」
「はい。」
「彼はあなたにどんな音楽を薦めたんですか?」
「洋楽です。彼は日本よりも海外の文化が好きで、特に西洋の文化なんかが好きなんです。」
「やっぱりそうでしたか。彼の好きな本や映画とかは分かりますか?最近話していたものとか…」
「分かります。確か海外の映画だったと思うんですけど…」
「彼がなんて言っていたか、思い出せる限り話してください。」
「はい。えっと、物語はある男性が一人の女性に恋をして、2人は交流を深めていくんですが、2人は結ばれることなく女性は亡くなってしまうんです。最後に男性は彼女のお墓に黒と白の百合を1輪ずつ置いたところで映画は終わるみたいです。」
「なるほど。だからあなたの印象はお葬式なんですね。」
「はい、その女性はとても明るい人だったみたいだし、もっと華やかな色の花を置いた方がいいんじゃないかって彼にも言ったんです。でも彼は、この花の意味はとても深いところにあるんだよって言っていました。」
「そういう事だったんですね。」
一通り話を聞いたあと、皐月さんは全ての謎が溶けたかのように満足気な笑みを浮かべ、大好きなガトーショコラを頬張っていました。
「さて、そろそろ謎解きを始めましょう。」
「謎解き…ですか?」
「水野さん、あなたに僕の花束は必要ありません。彼はあなたに間違いなく好意を持っていますよ。」
私はとても驚きました。
「皐月さん?どういうことですか?」
「まず彼が最初に水野さんに渡した黄色の百合ですが、確かに偽りの愛という花言葉があります。」
「やっぱり、そうなんですね。」
「ですが、彼が伝えたかったのは西洋の花言葉です。」
「西洋の花言葉と日本の花言葉は違うんですか?」
「すみれさん、いい質問です。そもそも花言葉は象徴的な意味を持たせるため植物に与えられる言葉で、日本は海外の言葉を核に意味を与えていることが多いんです。その中で西洋の意味と日本の意味が異なるものも多数存在するんです。」
「それで、黄色の百合はどういう意味なんですか!」
「黄色の百合には、天にも昇る心地、という意味があるんです。」
「天にも昇る心地、ですか…」
「さらに、白い百合と黒い百合の花言葉ですが…」
「このふたつにも西洋の意味があるんですね!」
「いいえすみれさん、白い百合には純粋、黒い百合には呪いという花言葉がありますが西洋の意味と同じなんです。」
「じゃあ…」
「ですが、黒い百合には恋、という意味もあるんです。」
「恋…?」
「はい。だから彼の好きな映画の中で2つの異なる百合を置いたのは、白い純粋な気持ちが黒い闇を吹き飛ばし、深い深い愛情になる…そういったことを表したんだと思います。それに、彼は一軍の中で権力が低いと言っていましたよね?もしも赤いバラのようにわかりやすい愛情を伝えるとあなたのいじめがさらに悪化するかもしれない。彼はそう思ったんじゃないでしょうか。だから映画の話をして、あなたに気づいてもらうためのヒントを残したんだと思います。」
「だから皐月さんは、彼が唯ちゃんに好意を持っているって…」
「はい。ただ、本当のことは彼にしか分かりませんけどね…」
皐月さんがそう言うと唯ちゃんは勢いよく立ち上がりました。
「私、彼とちゃんと話をします。ちゃんと自分の想いを伝えます。ありがとうございました!」
1週間後、唯ちゃんは彼と一緒にお店へ来てくれました。
彼も唯ちゃんを守るために勇気を出し、いじめをやめさせたようで、唯ちゃんには笑顔が戻っていました。
眼鏡からコンタクトに変え、髪をバッサリ切った唯ちゃんと彼はまさに美男美女カップルです。
2人は皐月さんに記念の花束を注文し、いってきますと手を振りながら学校へ向かいました。
皐月さんは幸せそうな2人をみて、
「彼らには赤い薔薇の花束がよく似合いますね。」
と、嬉しそうに微笑んでいました。
ストレリチアには今日もたくさんのお客さんがやってきます。
(第一話 完)
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