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一週間のカリフォルニアでの出張を終え、俺は帰宅の途についていた。大きな仕事の終わりが見え、高揚感と孤独感が複雑に入り混じっていた。カリフォルニアでの一件は俺とアヤカに関係するものだった。本部はそれを理解した上で、俺を東海岸の病院に派遣したのだろう。
「ただいま」
[Welcome back]「おかえり」
「あれ、なんか元気ない? せっかく久しぶりに会ったのに」
「カリフォルニアで遊び疲れただけだ。そっちはなんもなかったか?」
「それよりさ、ねえ、どうこれ? 作ってみたんだ」
アヤカは俺の前に赤い何かが入った瓶と何かの花が挟まった簡素なアクリルキーホルダーを差し出した。アヤカは構ってほしそうな笑みを浮かべながらそれを差し出すが、一目見ただけでは差し出されたものの正体が分からなかった。
「なんだ。これ?」
「ベランダで作った苺をジャムにしてみたの。そして、こっちは苺の花のキーホルダー」
「花は愛でる趣味ねえって前言っただろ?」
「まあまあ」
俺はジャムの瓶をアヤカから受け取り、きつく締まった蓋を開けた。それと同じに苺の甘い匂いが玄関に充満する。意外にもこの甘ったるい匂いを俺は嫌いではなかった。
「ジャムはうまそうだな。今日の夕食にしよう」
「キーホルダーの感想は?」
アヤカは頬を膨らませながら、平板上のキーホルダーを俺の眼前にかざした。そのキーホルダーの中には小さな白い花が2輪封入されている。花を愛でる趣味はないので、その花が何の花なのか皆目見当がつかなかった。
「これ、何の花?」
「苺の花だよ」
「そうか。そこら辺で取ってきたわけじゃないんだな」
「違うよ。花言葉で選んだの。苺の花言葉はね、幸福な家庭って意味があるんだって」
「なんだ。俺に家族がいないのを虐めにきたのか」
「違う」
俺はアヤカの言葉を失笑するように言い捨てた。俺にとって家族とは不要なものだった。自分の死で家族を悲しませる他にも、俺自身が家族を失う悲しみをこれ以上負いたくないからだ。
同時多発テロで両親を亡くした俺は、これ以上家族を悪の身勝手で死なせない世界にすると誓った。だから、俺は所帯を持ってはいけなかった。自身がその悲しみを負う可能性を孕んでいるからだ。
だから、アヤカに嫌われたかった。アヤカなんかすぐに家出して、勝手に日本に帰って欲しかった。だが、アヤカは真剣な顔で俺の失笑を否定する。その表情がただ事ではないなと長年の勘で感じた俺は、半歩下がりアヤカの目を見た。その目は今にもうれし涙がこぼれ落ちそうなくらい緩んでいた。
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