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「あの時、助けてくれてありがとう。もしメキシコに渡っていたら、今頃死んでいたかもしれない」
「当然だ。あそこで助けない奴なんて正義の味方じゃない」
「分かってる。でも、今までずっと育ててくれたでしょう? それを伝えたかったの。……あと36才の誕生日おめでとう」
「…………ああ、サンキュー。少しは乳臭さがマシになったな」
「あーあ、そうやってからかうと、今日の夕食のステーキ、私が食べちゃうよ」
アヤカはジャムを俺の手から取り上げ、キッチンに向かった。こんなくだらないやり取りを楽しそうに笑うアヤカに対して、その背中を見つめる俺の視界が霞んでいた。
だが、それをアヤカに悟られないように足早に自室に戻った。悟られてしまうと、これまでの苦労が全て消えてしまう。アヤカのようないい人は家族を失わせる悲しみを知ってはいけないからだ。
「旨いな。イチゴジャム」
「でしょ! しっかり煮込んでよかった」
俺はジャムパンとステーキの組み合わせはあまり好きではない。だが、アヤカが作ったジャムは程よい甘さと僅かな酸味が調和を取り非常にいい仕上がりとなっていた。日本の苺は高級だと聞いていたが、その素材の良さもこのジャムに表れていると感じた。
「ごちそうさまでした」
日本で行われている食後の挨拶も大分慣れたような気がする。俺は職場の食堂でもその作法をやってしまい、日本文化を知らない同僚や先輩からからかわれたりする。最初はこそばゆく、職場でも躊躇っていたが、今では出張先でも平気でできるようになった。どれもこれも、アヤカのお陰だ。
家族を作ってはいけない人に家族とは何かを教えてくれた。だが、それも今日でお別れだ。
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