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幸せのスープの味
ランチ営業がオーダーストップの時間となり、僕は親父さんと後片付けをしながら、コンクールに出すメニューを絞り込んで合わせるソース作りを考えて試行錯誤を繰り返していた。
突然…雪さんが厨房の僕の所に駆け寄って来た。「翔くん、ちょっと…」「どうしたんですか?」
僕は厨房から客席のほうに出た。
窓際の客席の方に目をやると、男女でお越しのお客様が口論をしておられるようだ。
「じゃああなたはこのままで良いって言うの?」
「そんなこと無いけど、今のままではこの先どうなるか…心配なんだよ。」
「そう…あなたの気持ちは分かったわ!」
そう言って女性が店の外に飛び出して行った。
僕は雪さんと目を合わせた。雪さんは頷いて女性の後を追って外に出て行った。
僕は残された男性に「お客様、どうされましたか?」と伺うと「お騒がせしてすみません。お代はちゃんと払います。」と仰った。
僕は「お客様がよろしければ訳を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」と言うと彼は重い口調で話し始めた…
彼は一緒に来店された彼女と将来、結婚を考えていた。
しかし…仕事の収入が不安定で、なかなか決断に踏みきれずにいた。このまま結婚しても彼女を幸せに出来るだろうか?そう思っていると早く彼と結婚したい彼女は、私達そろそろ…と話をした。二人の気持ちがすれ違ってしまった…という話の内容だった。
僕は「ちょっとお待ち頂けますか?」と厨房に戻ってオニオンスープを作る。親父さんは何も言わず僕を見つめていた。
僕は出来上がったスープを彼にお出しした。
彼はスープを口に運んだ…
「シンプルだけど美味しい。ホッとする味ですね。」
僕は彼に「僕、料理を勉強したくて、この店に来ました。入店試験の玉ねぎの皮剥きから色々なことをここの親父さんに教えてもらって、勉強してきました。思うようにいかないこともありました。
でも親父さんと娘さんに温かく見守って頂いて、お客様にスープを提供するお許しを得ました。僕は〝誰かを幸せにする料理を作りたい〟という最初の気持ちをこのスープを作ると思い出します。」と言った。
彼はスープを見つめる…
彼女との出会い、好きになった日のこと、告白して喜んだこと、一緒に暮らし始めた日のこと…
色々なことを思い出した。
「もう一皿お持ちしますね。」僕は厨房に向かった。彼が振り返ると雪さんが彼女を連れてお店に帰って来ていた。
彼は「ゴメン…僕が悪かった。君を幸せに出来る自信がなくて…君と二人で頑張るから僕の側にずっといてくれないか?」と彼女に言った。
彼女は大きく頷いた。そして彼の待つテーブルに着いた。僕は彼女にスープをお出しした。彼女は会釈し、スプーンを手にする…
彼女が涙を浮かべながらスープを口に運ぶ。
「勿論よ…私、あなたとずっと一緒にいます…
このスープすごく美味しい…
私、この味をずっと忘れない。あなたの言葉も…」
「ごゆっくりお召し上がりください。」
そう言って厨房に戻った。
すると親父さんが笑いながら僕の肩をポンと叩いた…
翔の背中を見つめながら雪も微笑んでいた。
陽子は優花をアンクの近くのカフェに呼び出していた。
「なんやて!!ウチの聞き間違いか?陽子さん!!
…結真がsteedを抜ける?」
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