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「いやいや、お先にどうぞ」
普通ならばもう少し警戒するのだが、今夜に限っては昇進の影響で浮かれまくっていたのと、まだ酒が抜けていない状態だったのが相まって、何も、深く考えずに更に声をかける。
しかし男は尚も自販機の前へは立たず、俺を見ながら低い声音で返す。
「……いや。あんたの方が先だから。俺は待っているから、遠慮なく先に買ってくれ」
一体何を考えているのか、最初に笑みを浮かべていたのは幻かと思えるくらいには表情が読めず、それだけに背筋に冷たいものが降りたのだが、脳裏に浮かんだ嫌な想像を振り切る事にする。
「そうですか。済みませんねぇ」
それで素直に自販機の前へと立つと、素早く自分の煙草を買って、ついでだからとすぐに横を向く。
「どれですか」
「ラッキーストライク」
なるべくにこやかに問いかけると、遠慮勝ちな声が返ってくる。
彼が何者だろうが、この際関係ないと思う事にした。
どちらにしろこの場限りで、ここさえ無難にやり過ごしてしまえれば、何事もなく過ぎるだろうと、安易に考えたのだ。
そうして続け様に買う俺を見て、男がもう一度、軽く会釈をしてきた。
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