第一章・―遭遇―

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 そんな男に煙草の箱を手渡す間にも、思わず笑みが溢れてしまって、それを誤魔化すために取り敢えずの会話を繋ぐ。 「ラッキーストライクって、良い銘柄ですよね」  煙草に限らず昔から冒険はしない(たち)なので、自分が吸っている銘柄以外、あまり詳しくはない。  だけど、ラッキーストライクだけは話が別で、特に吸いもしないのに、パッケージが好みなのと、銘柄の良さから、これだけは唯一覚えていたのだ。 「あぁ。……まぁ。俺が愛飲している煙草でね。……払うよ」  受け取りながら軽い口調で言う男は、最初の態度こそ変わらないものの、懐を探ると財布を取り出して、いくらか小銭を出そうとする。  見知らぬ相手に突然奢られる事を良しとしないのか、あくまで自分の分を払おうとしてくれる姿勢には少し感心したのだが、動作を手で制すると、俺は男に言った。 「構いませんよ、今日は良い事がありまして。ちょっとお恥ずかしいですが、浮かれているんです」  初対面の相手に貸し借りを作る事もどうかと考えたが、それでも受かれた気持ちに歯止めはかからなかった。  むしろ今は、誰彼構わず親切をしたい気分なので、この男にはそのターゲットになってもらうしかないのだ。 「へぇ、良い事。ねぇ」  俺の他愛ない言葉に男は頷くと、財布を懐に直しながら、またしてもニヒルな笑みを見せる。
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