第一章・―遭遇―

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「本当は、こんな筈じゃあなかったんだが」  ならば一体、“どんな筈”であったというのか。  男の表情からは真意も読めず、だからといって、ここで怯んでしまってはいけないと、自分を奮い立たせる。 「……何の、お話ですか」  言葉の意味が理解らずに、思い切って首を傾げて問いかける。  ――だが男は、笑みを見せるだけで再び肩をすくめると、煙草の紫煙を吐き出すばかりだ。 「さてね。……困ったな」  困っているのはこっちの方だ。  いきなり意味の分からない事を言われて、一人で困られても、俺の方が戸惑ってしまっている。  もうそれ以上は話をつなげなくて、無難な返しでお茶を濁そうと決める。 「そ、そう言えば貴方、お名前は」  ここにきて聞く事でもなかったのだが、下手な質問は身を滅ぼしそうで、且つ咄嗟に浮かんだのがこれだけという、情けない結果であった。 「さぁ、どうだったかな」  だが肝心な男は、俺の問いに軽くあしらう姿勢を見せると、吸っていた煙草を携帯灰皿へと押し付け、そのまま(きびす)を返そうとする。
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