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そして背中を向け闇の中へと溶け込む直前、男は肩越しに振り向くと、ニヒルな笑みを浮かべて続ける。
「夜道は浮かれて歩かない方が良いぜ。今夜は楽しかったよ、ありがとう」
男が何かを投げる姿勢を見せたので、咄嗟に受け取って見ると、煙草代分くらいの小銭だった。
それからすぐに男の方を向くが、そこには既に、誰の姿もなかったのだ。
一瞬で消え去るなんて事が、生身の人間に出来るのだろうかと、思わず身震いする。
本当に男は存在していたのか、昇進に受かれ、酒をしこたま飲んだ末の幻ではなかったかと、闇しか残らなくなった公園内へと視線を凝らす。
生温い風に煽られて、ひと時の夢を見ていたような、不思議な感覚を覚える。
深追いする気は、さらさらなかった。
本能が警告していたのだろうか、あの男にはそれ以上近付くなと……。
それでもこの手には、男が投げた煙草代分の小銭がある。
もう返せない小銭なのだが、貸し借りをしなかっただけましだと考えた時には、これで良かったのかも知れないと、ただひたすら自分に言い聞かせる。
俺はしばらくその場に呆けたまま、ぼんやりと立っている事しか出来なかった――。
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