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ボーイミーツガール
私は目の前の少年に近づく。少年は公のお付きの人間に無理やり立たせられていた。その足はふらついており、とても自分一人では立てないほど痛めつけられていた。私は肩にかけていたポーチの中から一輪の花を取り出し、少年の顔にかざす。
少年は痛みのあまり目を閉じていたが自分の顔に突如かかった影に気づいたのか目尻をピクッとさせながら目を恐る恐る開いた。
両腕を水平に広げる。私の周囲に渦が捲き上るのを感じる。大地と空の精霊が集まる。汚染された土地だから応えてくれるか不安だったから、それが嬉しい。私は精霊たちの力が私の周囲に十分に満ちるのを待って、手を少年の方にかざす。
「地に満ち、空に満つ精霊よ。汝の御力を我に貸し給へ。汝の名はエキナセア・プルプレア。汝の言葉は「あなたの痛みを癒します」」
私の手が回路となり少年に力が流れ込む。彼は一連の動作を目を見開いて眺めていた。少年と私とに道が作られる。それと同時に彼の感情が私に押し寄せてくる。痛み。孤独。驚愕。そして不安。そんな少年に微笑みかける。大丈夫だよ。痛くはないから。
少年が目を閉じて、こわばらせていた力をふっと抜く。だが少年が先ほどのように地面に倒れこむことはない。脱力する少年を精霊の力が包み込む。少年の傷がみるみるうちに癒されていく。
全てが終わった時、私と少年は公の部下たちに囲まれていた。。
「ル・・・ルシータ殿。い、今のは、一体?」
私は公を無視して少年の手をとる。そこには先ほどまでの傷は一切ない。
「大丈夫?痛みは引いた?立てる?」
少年は自身の体を見下ろし、手や足を動かして体の調子を確かめる。
「た、確かに、さっきまでの痛みはねぇし。むしろ怪我する前より好調だ・・・一体何をしたんだ、俺に?お前は、一体何なんだ?魔女?」
その様子が面白くて私は笑う。
「ふふっ。そんな大層なものじゃないわ。一人では何もできない無力な女よ。」
そして私は少年に背を向け、公の方を見てお辞儀をする。
「申し訳ございません。ここでのお抱えの話、反故にさせていただきます。やっぱり私の居場所はもっと別の方にあるようです。」
そして私は少年の方を向く。
「さぁ行きましょう。」
少年の手を私は強く握り返し、門の方へと足を向ける。そんな私達の背中に罵声が投げつけられた。声の主を見ると公が先ほどまでの温厚さは幻かのように顔を歪めていた。
「ふざけるなぁ!!この私が、わざわざ貴様に会ってやったというのに、それを反故にするだと?ふざけるな!この女狐め!そもそも貴様のような得体の知れないものをこの屋敷に招き入れてやった時点でいかに貴様が幸運なのか、わかっているのかね。それを無下にしてあろうことかその薄汚い坊主を選ぶだと?」
私はため息をつく。入った時からこの屋敷の花たちはどこか元気がないように感じたが、それは土地・空気の悪さだけでなく、主人の醜さのせいだったようだ。
「あらあら、そのような醜い心の持ち主の元では、この屋敷の生命たちがどこか色あせているのも当然ですわね。醜い心では草花がその輝きを発することはないのですから。」
少し挑発が過ぎたのか、公は拳を振りかざして周囲の人間に命ずる。
「あいつらを捕らえろ!」
「大変なことになっちゃったわね?」
「どうすんだよ!」
少年は先ほどまでの暴力を思い出したのか少しおびえている。そんな少年に私は微笑む。
「もう一度私と繋がってくれる?」
少年は呆気にとられ、赤面し、逡巡したが、時間は待ってくれない。私たちににじり寄る男たちを横目で見た後、強く頷いた。
「それで、何とかなるなら。」
私は頷いて、ポーチから別の一輪の花を取り出した。
「地に満ち、空に満つ精霊よ。汝の御力を我に貸し給へ。汝の名はマトリカリア・カモミラ。汝の言葉は「苦難の中の力」」
精霊からの力は先ほどの時に集まったのが残っている。だから今度はそのまま少年へ力を注ぎ込む。
「なんだ・・・なんだこれ。力がみなぎってくる。」
体の違和感に目を丸める少年の頭を私は笑いながら小突く。
「こらこら、そんなことしている暇はないわよ!」
少年はジト目で私を見上げる。
「お前、なんか卑怯だな。全部俺任せかよ。」
私はククっと笑う。
「しょうがないでしょ。私にはそれしかできないんだから。それとも何、君私に守ってもらいたい?」
少年は首を振る。
「いや、これでいい。俺にはこっちの方が性に合ってる。」
それから私は少年が次々と襲い掛かる公のものたちを片っ端から投げ飛ばしていくのを後ろから眺めていた。気が付いた時には、少年の後に男たちで積み重なった山ができていた。少年が公の方へ歩みを進める。
先ほどまでひ弱だった少年の変貌ぶりに腰を抜かして尻餅をついていた公は、自分に向かってくる少年を見て、ヒッと声をあげると次の瞬間には気を失っていた。
「その人どうするの?」
少年はしばし公を見下ろしていたが、首を振って公に背中を向けた。
「いや、いい。なんかどうでも良くなってきた。こんな小物のために必死になってたって思うとバカみてぇ。それに今回は俺の力で強くなったわけじゃないから。ここでこのやろうをぶっ飛ばすのも卑怯な気がするし。」
その返答を聞いて私は笑った。
「君。じゃあ、行こうか。お互いこの街にはいられそうにないし。」
そういって私は少年の手を引っ張って進もうとしたが、少年の腕は先に進まない。疑問に思って振り返ると少年が私を見つめていた。
「なに?どうしたの?」
「君じゃねえ。ハック。俺の名前。ハックだよ。」
「ふふっ。そういえばお互い自己紹介がまだだったわね。ハック。よろしくね。私は、私の名は、花詠みのルシータ。」
「花詠みぃ?何だそれ?聞いたことないぞ?」
訝しむ少年に私は告げる。
「花詠みっていうのはね・・・。ん〜ん。やっぱりやめた。今は秘密。でも良いよね。これからゆっくり知っていけば良いんだから。」
そういって私は走り出す。少年はぽかんとして固まっていたが、どんどん広がる二人の距離に気づいて慌てて私を追いかける。
「おい、待てって!待てったらぁ!」
あんなに立ち込めていた霧に一筋の光が差し込み、私たちの前途を照らしていた。
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