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トゥーレ
薄汚れた町並。霧がそこら中に立ち込めている。霧に遮られて遥か頭上から遍く降り注いでいるはずの陽光がこの地を照らすことはない。地面を踏みしめる靴底のアウトソール越しにニチャリとした感触が伝わる。そこら中に吐き散らかされた人間の唾液と投げ捨てられた新聞紙のくず。それらすべてが私を身震いさせた。叶うのならば今すぐここを立ち去りたい。しかしそうするわけにはいかない。今の私には自分の我儘を通す余地はない。
私は今日この街トゥーレに職を求めに来たのである。少し前まで別の町で細々と物売りをして生計を立てていたが、昨今の情勢の変化を受けて、そこにはいられなくなった。そんな私の元にある求人が届いた。それはさる王族の庭師の募集だった。それではるばる遠くから、この立ち並ぶ工場の排煙に一年中覆われた都市にやってきたのであった。
しばらく歩くとひび割れたレンガで建てられたみすぼらしい集合住宅の群が視界から消え、目の前に大きな建物が見えた。周囲を厳重な柵で囲まれたその豪邸は、周囲を威圧するようにそびえていた。
私は門に近寄り、呼び鈴を鳴らす。するとすぐさま腰に警棒をぶら下げた制服姿の屈強な男が二人現れた。
「ご来訪の方でしょうか?」
「はい。本日面会の約束をしておりますものです。庭師の募集の件でやってまいりました。名はルシータと申します。」
私の目の前の門は開かれた。
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