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二十五日・朝
いかにも夏らしくよく晴れた翌朝。自分の店で球根を買うのはなんとなく気まずかったので、近くのホームセンターへ行くことにした。わたしは強烈な日差しを遮るように日傘を差した。
「こんにちは、綾瀬さん」
歩いている途中で背後から名を呼ばれ、わたしは驚いて振り返った。
「ラトゥールの店員さんですよね? 奇遇ですね、こんなところで遇うなんて」
そこには、わたしが昨夜作った白薔薇の束を抱えたあの人が立っていた。
「こ……こんにちは……」
まさか店の外で遇うなんて思いもしなかった。次に会ったときに訊こうと決めたのは昨日のことだというのに、ちょっと急すぎる。
「綾瀬さんも今日はお休みですか?」
「え、ええ……」
頷いてから疑問が浮かぶ。
「あの……どうしてわたしの名前を?」
「ほら、ネームプレートがあるでしょう」
もちろん今は付けてらっしゃらないけど、と言ってから、その人はばつが悪そうに頭を掻いた。
「あ……なんか僕、気持ち悪いですね、すみません。その代わり……というのもなんですが、僕は東郷といいます」
「東郷さん……」
困ったように苦笑する東郷さんが、昨日よりも身近に感じる。いつものスーツ姿と違ってラフな服装だからかもしれない。名前を知れたからかもしれない。
どうしよう。今、訊いてしまおうか。
わたしは沸き上がった勇気がしぼんでしまう前に息を吸った。
「あ、あの!」
思いのほか大きい声が出てしまった。東郷さんが驚いたように目を瞠っているのがわかって恥ずかしかったけれど、もう後には引けない。
「そ、その花束……どなたかへの贈り物ですか……?」
業務中でもないのにこんなことを訊けば、プライベートを詮索していると思われるだろう。来月になれば正当な理由で尋ねることができる、それでもわたしは今ここで訊かずにはいられなかった。
「ほ、本当は……花束をお作りするときに訊かなきゃならなかったんです。用途がわからないと適切なものが作れないので……でもわたし、その……今さら、すみません……」
沈黙が降りる。先に口を開いたのは東郷さんだった。
「………………これは、……恋人に贈るものです」
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