二十五日・朝

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 頭の揺れるような感覚があった。 「……そ……そう、だったんですね」  受けた衝撃は大きく、自分自身の五感がどこかへすっと離れていくような気がした。それでもこれは伝えなければと、わたしはなんとか言葉を続けた。 「…………差し出がましいようですが……十五本の白薔薇は……謝罪という意味があるんです。だから……恋人のかたに贈られるのなら、違う本数にしたほうが……いいかもしれません」  わたしがそう言うと、東郷さんの横顔にふっと影が落ちた。 「謝罪……か。間違ってないかもしれないな」  では僕は用事がありますので、と会釈して、東郷さんが去って行く。わたしはその背をただ見送った。  恋人。わたしは東郷さんの口からその言葉を聞くことを恐れていたのかもしれない。今さらそのことに気づいて立ち尽くしていると、鼻先に冷たい水滴が落ちてきた。  気がつけば、どこからか流れてきた雨雲が空を覆い、雨が降り出してきたのだ。  東郷さんは傘を持っていなかったように見えた。  少し迷って、わたしは東郷さんの消えた方向へ駆けていった。
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