二十五日・朝

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 東郷さんの行き先は、大通りから一本外れた墓場のようだった。  整然と並ぶ墓石へ雨が降り注ぐ。ひと気のない墓場を奥へ進んでいくと、膝を突いて手を合わせている東郷さんの後ろ姿があった。わたしはそこへ近づいていって、すっかり濡れそぼったその背中に傘を差し出した。  雨粒の途切れたのを不思議に思ったのか、膝を突いたまま東郷さんが振り返った。 「綾瀬さん? ……どうしてここに?」 「雨が降り出したので……東郷さん、傘をお持ちでないように見えたから……」  そのとき、東郷さんが唐突に立ち上がったので傘とぶつかりそうになり、わたしは後ずさった。 「…………あなたは優しい人ですね。僕のことなんか、ほっといてくれていいのに」 「え……」  雨音の中へ、撥ねつけるような声が鮮烈に反響する。  なにかいけないことをしてしまっただろうか。さまよわせた視線の先には、あの白い薔薇の花束が供えられていた。  東郷さんがわたしを押しのけるように立ち去る。墓には不釣り合いな白い薔薇と、遠くなっていく東郷さんの後ろ姿を交互に見て、わたしは東郷さんを追うことにした。  東郷さんが急に立ち止まる。わたしはその背にぶつかりそうになった。 「東郷! と……どちらさま?」
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