二十五日・朝

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 割れるような噪音が渦巻いて雨の音をかき消している。  わたしはある種の確信を――どうか外れていてほしいという願いとともに持って、その人混みの中心に飛び込んだ。 「東郷さん!」  果たしてそこには、血まみれで仰向けに倒れる東郷さんの姿があった。 「この日を待っていました……」  東郷さんが首をわずかに動かし、虚ろな目でわたしを見た。 「天罰が下る日を……ずっと……」 「いいえ! これは交通事故です! どなたかが救急車を呼んでくださってます!」  わたしは声を張り上げ、とにかく止血をしようとハンカチを取り出した。 「東郷さんは自分を許せないんでしょうけど、でも、一度も間違わずに生きていける人なんかいません……わたしだって……!」 「僕は……幸せ者だ」  間近で見る東郷さんの目には、雨に打たれるわたしの姿が映っている。 「最後に、そんなふうに……優しい言葉が聞けたんだから……」  ふっと東郷さんの目が閉ざされ、握った手から力が失せた。 「と……東郷さん!」  雨の音が近づき、わたしたちを取り囲むざわめきが遠ざかる。  雨の止まない世界で二人きりになってしまったような錯覚。濡れた道路へ赤い光が反射し、どこか遠くでサイレンの音が響いた。
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