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二十四日・夜
その人が店を訪れるのは、決まって二十四日の夜だった。
雨の降りしきる日は革靴のつま先を濡らし、風の止まない日は髪を乱し、雪のちらつく日はスーツの肩を白くし、その人は狭い店内へ規則正しい靴音を響かせる。
そして今日もまた。
軽やかな鈴の音が鳴り、冷房の効いた室内へぬるい夜気がなだれ込む。
来た。わたしはネームプレートを直すふりをして、高鳴り始めた胸をそっと押さえた。
靴の音を響かせ、カウンターへまっすぐやって来たその人はわたしを見た。
「白い薔薇を十五本、花束にしてください」
薔薇の刺抜きをする合間に、わたしはその人を前髪の隙間からのぞき見た。
清潔そうな白いハンカチで額を拭うその人は、わたしと同い年ぐらいに見える。けれどもその淀みない所作には年齢以上の落ち着きを感じさせる。
「いつもありがとう」
こっそりと見ていたはずだったのに、わたしの視線に気がついたのか、その人が微笑を浮かべた。
「いえ、そんな……」
誠実な瞳を正面から受け止めることができず、わたしは控えめにうつむいた。
どなたに差し上げるものなんですか。
そう尋ねることができないまま、わたしの指は三度も白い薔薇を束ねた。
昔から人と話すことが不得手だったけれど、最近は仕事にも少し慣れて、お客様との会話も以前ほど憂鬱ではなくなった。花束やアレンジメントに一番大切なのは思いを伝えることだと知ったからだ。
だというのに、なぜかこの人とだけは、うまく会話が続けられずにいた。胸と喉を往復する言葉は声にならず、そうしているうちに手慣れた指は薔薇を束ね終わる。
でも、言われるままにただ花束を作るのは、花屋の店員にあるまじき行為だ。臆する胸に繰り返し言い聞かせ、今日こそは、とわたしは指を握った。
「あ……あの」
鈴の音がわたしの語尾をかき消し、次いで、どすん、と重たい音が響いた。同僚の椎名さんが、店先に並べてある鉢植えを店内に仕舞い始めたのだ。
鉢植えを抱える椎名さんを横目で見て、その人は軽く会釈をした。
「遅くにすみませんでした。またお願いします」
わたしは言いかけた言葉を呑み込み、ありがとうございました、またお待ちしております、と頭を下げた。
早急な靴音が遠ざかっていく。
今日も記録は破られないまま、数字だけが重なってしまった。
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