第九話 突然の来訪者

1/1
前へ
/247ページ
次へ

第九話 突然の来訪者

第九話 突然の来訪者  五月……明来野球部が誕生して約一カ月経過した。  今はゴールデンウィーク返上で練習に取り組んでいる。――山神と松本のヲタコンビを除いては。  松本は助っ人扱いだから仕方ないとして、推薦組の山神はゴールデンウィーク期間、一度も練習に来ていない。  山神の不在理由について、つい先ほど守と氷室の二人で上杉監督のもとへ尋ねに行った。  しかし、私の口からは何も言えることはありませんと一蹴された為、頭を悩ませていた。    ……二人で歩きながら話をしているうちに、明来野球部のグラウンドへ到着した。  練習に出ているメンバーは皆、頑張っている。  風見は体験入部のはずだが、全体練習後もよく氷室と自主練をしている。打撃練習では良い当たりが出る様になってきた。  大田も、なぜか兵藤にはビクビクしているが毎日ちゃんと練習に来ている。  青山は今日もユニフォームを汚している。今日もショートバウンド百球キャッチをしているようだ。    ――その日の夕方、全体練習後のミーティングの際、上杉から次の練習試合について詳細を伝えられた。 「ゴールデンウィーク最後の日、練習試合を組みました。相手は皇帝学院高等学校(こうていがくいんこうとうがっこう)です。近年力をつけている学校で、ついに昨年は東京都大会で準優勝した強豪です」  その名前を聞いて、守は冷や汗をかいた。辺りのメンバーを見渡しても、その場にいた全員が驚いている様にみえる。  無理もない、皇帝は野球をしていなくても耳にする有名スポーツ校なのだ。 「皇帝って、あの天才キャッチャー太刀川(たちかわ)さんがいる学校ですか」  不破が口にした太刀川とは、ニ年生でありながら皇帝の四番を務め、早くもプロ注目の選手となっているらしい。  太刀川は別格にしても皇帝の選手層は厚い。今の戦力だと足元にも及ばないだろう。 「俺らが甲子園に行く為には、いずれ皇帝も潰さなきゃならねーんだ。今のうちに相手さんの手の内見せてもらおうや」  そう言いながら兵藤はニヤリと笑った。彼はこの試合が楽しみなのだろう。  氷室も気合が入っているのか、フーッと鼻息を吐き出していた。  ――練習後、守と瑞穂は駅までの道のりを並んで歩いていた。 「日が沈むのが遅くなってきたね」  守の雑談に瑞穂は笑顔で頷いていた。  その時、後ろから声が聞こえてきた。 「おーい、そこのカワイコちゃん」  二人が振り向いた先には、細い眉毛をした他校の男子生徒が立っていた。  髪は短めのツーブロック、手首やら指にシルバーアクセサリーを付け、ガラの悪い風貌をしている。 「お、正面の顔もメチャ可愛いじゃん。俺は東雲凌牙(しののめ りょうが)つーんだけど、お前は?」 「あんた、なんの用なの?」  守は瑞穂の前に出て、立ち塞がる様に両手を広げた。 「んだよヒョロガリ女顔。テメーには話してねーから引っ込んでろや」    どいつもこいつも……守はブチギレ寸前だった。  そんな守に対して瑞穂が耳元で、まかせて……と呟いた。 「こんにちは東雲さん。私は白川瑞穂っていいます。今私たちは駅に向かってるのですが何かご用ですか?」  瑞穂は守の前に出て、ペコリと頭を下げた。 「ふーん、瑞穂か。悪くねー名前じゃん。とりまラインを……」 「私たち急いでいるので、手短に要件を聞かせてくれませんか?」  うまい、さすが瑞穂だ。  こういったシーンは何度も見ているが、場慣れ感が半端ない。  瑞穂の返しを見て、守は少しだけ冷静さを取り戻した。   「つれねーなー、まぁいいや。明来のやつらに用あんだけど、できれば野球部」 「僕たち、明来の野球部員だけど」 「だからテメーには話してねー……ってマジ?」  東雲は少しびっくりした表情をみせた。 「超ラッキーじゃん、手間省けたわ。俺、皇帝野球部の一年なんだけど、日曜試合するよな。一年チームはバス使えねーからグラウンドまでのアクセス見てこいって言われてんの」   「え、皇帝!? だけど一年チームって……」 「女顔、お前なんも聞いてねーのか? 今回は俺様率いる皇帝の一年チームが相手だよ。わざわざテメーら無名に、上級生の奴らを使うわけねーだろ」  守と瑞穂はようやく理解した。  なぜあの皇帝が自分たちの様な無名と練習試合をしてくれるのか、先ほどまで理解できなかったのだ。 「その道をずっと真っ直ぐに歩いたら、右手に学校があるから。じゃあねパシリ君」  守は捨て台詞を吐いて、瑞穂とその場を離れようとした。   「おい待てよ女顔。俺様のことをパシリ呼ばわりしたか?」  守は東雲に背を向けたまま、ニヤリと笑った。 「だってこんな時間に雑用やらされてるんでしょ。ご愁傷様、パシリ君」  守はさらに煽った。 「テメェ……今すぐグラウンドへ案内しろ!叩きのめしてやる!」 「やれるもんならやってみなよ、パシリ君」  ――再び野球部のグラウンドへ戻ってきた。今日は珍しく誰も残っていなかった。  守は内心、東雲のことを馬鹿なやつだなーと思いながらも準備を始めた。  瑞穂もビデオをまわしている。これで東雲のデータが撮れる。笑ながらナイス作戦、守は自画自賛していた。 「俺様は天才だからピッチャー、バッター両方できる。どっちがいい?」 「じゃあバッターやって」 「おう」  あれ、意外と素直じゃんと思っていたが、打席に立った途端、東雲の雰囲気が変わった。  すらっと綺麗なフォームで右打席に立っている。力感は感じられず、どのコースにも対応してきそうなオーラがある。  勝負は三打席、ノーヒットなら守の勝ちだ。  一球目、東雲は見逃した。キャッチャーはいないが低めいっぱいに決まった様に見える。 「ほー、そこそこ良いコントロールしてんじゃん。ストライクにしてやるよ」  それからツーボール、ツーストライクになった所でインコースに食い込むスライダーを投げた。  ――反応が遅れてる、詰まらせた。  次の瞬間、ボールは物凄い音を立てて、守に襲い掛かった。  なんとかキャッチできたが、えげつない打球だった。守の右手は完全に腫れあがった。 「へぇ、よく捕ったな。ワンナウトだな」  東雲は余裕の笑みを浮かべている。  さすが皇帝野球部といったところか、詰まらせたと思ったが、肘を上手くたたんでコンタクトしてきた。 「じゃあ次、二打席目な」  初球のストレートだった。  ――守にとって、耳障りな音が聞こえる。  東雲は歯を見せながらバットを放り投げた。  打球は一瞬で左中間に転がっていった。 「これが実力差だな。まぁこのレベルなら俺らのバッティング練習にはなるかもな」  東雲は左中間の方向を見つめている守を指差して笑っていた。 「じゃあ、俺は帰るぜ。瑞穂もまたな」  東雲はそう言い残し、グラウンドから姿を消した。 「守……」  瑞穂は守にかける言葉が見つからなかった。  守はしばらくの間、左中間の方向を見つめ続けていた。  ――東雲は駅まで歩いていた。彼はとてもイライラしていた。  ――ピロン!  東雲はスマホを取り出した。同じ一年の神崎信二(かんざき しんじ)からの連絡だった。舌打ちをしながらラインを開く。 『お疲れ様。監督が、報告が遅いと怒っているぞ。明来さんへのアクセスはわかったのか?』  東雲は再度舌打ちをしながら返信を打った。 『完璧。ついでに野球部のやつボコしてきたわw』――送信。  ――ピロン! 「なんだよ、うぜぇ。返信早えよ暇人が」  東雲は返信画面を開いた。 『ボコした!? どういう事だ! 監督が早急に説明を求めているぞ!』  またしても舌打ちをしながら東雲はスマホの電源を切った。彼は兎に角、機嫌が悪かった。  雑用に使われたことにも腹を立てていたが、先ほどの勝負が気に入らなかったのだ。  球は速くない、変化球も普通というのが東雲からみた守の印象だった。  一打席目はお遊びだったが、二打席目は完璧なレフトへのホームランを打ったつもりだった。しかし結果は左中間を抜けるヒットだった。 「この俺が詰まったのか?あんな球で」  東雲は眉間にシワを寄せ、皇帝野球部の寮へ戻る為、駅構内へ入っていった。  ――その後、寮についた東雲は監督にメチャクチャ怒られたのであった。
/247ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加